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――始まりは情だった。
***
「そんなわけで、今晩は出勤ながらもお嬢さんのお守りを頼まれたんだよ。
ったくまいっちまうよ、こっちはただ仕事でやっただけなのによ」
その日のジェリンはやけに饒舌だった。
ダイニングの向こうに座るジェリンは満更でもなさそうな語り口調でワイングラスに口をつける。
時折ちらりとワタシの方へと目線を投げる理由はただ一つ。
妬いて欲しいのでしょう。
理解していても、ワタシはあからさまに動くような浅はかな真似はしない。
「ま、適当に楽しんでくるぜ。
レイ兄はよくあることでも、俺はめったにないからな」
嫉妬心を煽ろうとしているジェリンの姿は余りにも滑稽で、しかしながら、それをまた愛しいと感じてしまうのは惚れた弱味というものなのだろう。
背中越しにでも子犬のようにふてくされたジェリンの姿が見える気がして、思わず笑いが込み上げそうになるのをぐっと堪える。
結局ワタシはダイニングチェアから振り返ることもなく、背で見送った。
思えばワタシはいつも、優位に立っていたかっただけなのかもしれない。
そして、思い込んでいた。
ワタシを見つめるジェリンの熱視線は絶対的なもので、他の何人たりともそれを奪えはしない。
ジェリンがワタシ以外の他の者に目を向けることなど有り得ない。
とはいえ、ワタシとてそんなジェリンに餌を与えないわけではない。
戻ってきたジェリンを真っ先に出迎えてやる――そうすれば、ジェリンのふてくされた機嫌も直るだろう。
そして、その自惚れは、すぐにもワタシ自身を滅ぼすこととなる。
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