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――まさか、泣くなどとは思わなかった。
廊下を足早に進むワタシの心は後悔の念に駆られ、胸の内を抉られるような痛みに襲われていた。
『やめ……レイ兄っ…』
悦びからの生理的なものではなく、明らかな困惑と拒絶。
いつでも手に入ると思っていたジェリンの心は、手で掬う砂のように指の間からするりとすり抜けていく。
強制的に身体を開かせようとした、しかしその先はジェリンも同じようにワタシを求めていると――それはワタシがただ錯覚していただけかもしれない。
何れにせよ、壊れてしまった関係を修復させる気力は今のワタシには湧いてこなかった。
「このワタシがまさか、怖いと……?
ジェリンに拒絶されるのが?」
部屋から一直線に足が向いた先は、薔薇庭園。
入り口の薔薇のアーチをくぐると、ワタシはいつも母の腕に抱かれたような気分になる。
涼やかな夜風に触れる薔薇の葉が、この庭園が築かれる以前の記憶をさめざめと呼び起こさせる。
「……あなたを苦しめてきたあの女も、その子供もここには居ません。
居るのは、両親からの愛を渇望していたにもかかわらず結局手に入れることが叶わなかった哀れな猫だけだ……。
もう――ワタシは赦されてもいいですか?
母さん……」
薔薇庭園は、ワタシにとっては鎖、或いは呪縛。
思い出の中の母はいつも、優しい笑顔の奥に修羅を抱えていた。
母が亡くなる。
その後、長きの時を経た後にシャルルローズ夫妻が“ あるダンピール ”によって殺害された。
“ あるダンピール ”
――やはり、ワタシはまだまだ自分を赦せそうにない。
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