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『あなたはワタシのことが好きだとばかり思っていましたが……残念です』
何が残念なんだか。
本当に大事にしたいと思うなら、なぜ魅了で誤魔化したり、無理矢理犯そうとするのか。
『…………そんなに嫌ですか』
それでも最後に交わした言葉が、レイ兄の傷付いた顔が、頭から離れずにいる。
嫌なのはレイ兄の方だろ。
俺を置いて、出ていったくせに。
……両親がいなくなって、
レイ兄の母親が亡くなって、
アド兄がアルトを拾ってきて、
アド兄とアルトが出ていって、
今度はレイ兄が出ていった。
そして誰もいなくなった広すぎる屋敷に俺は一人になった。
レイ兄がここへ戻ってくるのは、契約者から受け取った品物を運ぶときだけ。
しかも、毎日戻って来るわけではないようで数日に一度の頻度で。
「は、こうして離れていくのか……俺がここから去って、他の交渉者の傘下に入れば、レイ兄もまたここに戻ってくるようになるのか……?
そうすりゃ、レイ兄も肩の荷が降りるってもんだよな……はは…」
アド兄が人間になったことで、不要になった契約を破棄する書類が必要であることを知った。
そういう書類があるのなら、吸血鬼が棲み家を変える時、交渉者の引き継ぎする書類もあるはずだ。
レイ兄の私物を荒らすのは気が引けたものの、俺は小洒落たシリック家具の机に設えられた引き出しを幾つもまさぐり、目当ての書類を見つけることができた。
「行くか……アルビへ…」
心は晴れないが、この屋敷をどちらかが出ていくなら、レイ兄ではなく、俺であるべきだ。
死して土に還った後もなお、レイ兄と彼の母親が造り上げた薔薇庭園は、レイ兄の帰りを待っているのだから。
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