ジェリン編〈2〉いなくなったレイ兄

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 心臓が早鐘を打つ。  静寂の空間にレイ兄の靴音と雨の音が鮮明に聞こえる。  「ここにあるはずのない書類が複数重なって置かれている。  見つかれば、確実に侵入したことが分かってしまうにもかかわらず、侵入形跡を残した……つまり、書類を手に脱出する暇が得られなかったということでしょう」  出した書類を慌てて滑り込ませた引き出しが閉められる音。  気づかれた!  逃げなければ……だが、猫の姿になったままの俺はドアを開けることができない。  捕まることは目に見えている。  足音が部屋を徘徊し始める中、俺はただただ見つからないようにと全身を丸め、祈るだけだった。  だが、見つからないわけがない。発見が遅れるだけだ。  「交渉者引継申請書に住居移動申請書……あなたはそんなにワタシから離れたいのですか、ジェリン」  「…………!」  伸びてきた腕にあっさりと掠め取られ、俺の身体は机の下から引きずり出され、宙を浮き、大きな腕に抱かれた。  白燕尾に身を包むレイ兄から、強烈な香水の匂いが鼻につく。  何だ、レイ兄はホテルに女を連れ込んでいたんだな。  嫉妬を越えると、もはや悲しみしか残らない。  「ジェリン」  抱き上げる腕から逃げようともがくも、レイ兄が俺を逃がすようなヘマをするはずがなかった。  顎と尾筋を撫でられると、途端にうずうずとする感覚が入り込んでくる。  猫としての感覚器は、人としての感覚とズレがある。  すりすりと撫でられると、全身に広がる心地よさが抵抗する力を俺から奪っていく。  「いい子だ」  耳元で囁かれ、俺は敏感になる全身をぴくぴくと動かした。
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