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城下街の深夜見回りなどという仕事をしていれば、一度や二度ではなく、女性を助ける機会に遭遇する。
今回も例に漏れず、暴漢から救い出した。
しかし、話はそこで終わらず、女は俺を大層気に入り、恋心を抱くようになったらしい。
らしい、というのは人伝(ひとづて)で聞いたこと、その助けた娘が国の要人の娘となりゃ、面倒なことにもなりうるわけだ。
***
「そんなわけで、今晩は出勤ながらもお嬢さんのお守りを頼まれたんだよ。
ったくまいっちまうよ、こっちはただ仕事でやっただけなのによ」
向かいのレイ兄はいつものように椅子の下で脚を組み、悠々と血酒が容れられたワイングラスを慣れた手つきでくるくると回している。
無関心、予想はしていたけどな。
俺は一気に出された血液を喉に流し込み、すぐにも椅子を立ち上がる。
「ま、適当に楽しんでくるぜ。
レイ兄はよくあることでも、俺はめったにないからな」
ドアノブを握って返り見してみれば、いつもと何も変わらない鉄火面の背中があった。
別に妬いて泣き付いて引き留めてくれとか、そんなことを期待しているわけじゃない。
ただ一言「もう行くな」とそれだけ言ってくれれば、それで俺は満足なのに。
レイ兄は何も言わない。
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