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「……? ジェリンが居ない?
おおかた、あなたの母親に折檻される前に逃げおおせたのではないですか?」
それより――と続けようとして、ワタシは胸に押し寄せるはびこる闇に気付き、口を閉ざした。
なぜ、なぜアドルフはジェリンを引き合いに出す?
もっと……そう、今までの平穏が崩れ去る程のおぞましい惨劇が起きているはずだというのに。
「まさか……まさか本当に?
あの脅迫状に書かれてたことは――!」
「アドルフ、率直に聞きます。
父さんと義母さんは無事ですか?
家で何が起きた?
脅迫状とは……何のことです!?」
***
今回派遣されたダンピールは、直接シャルルローズ夫妻に襲い掛かることはしなかった。
代わりに“ シャルルローズ家の跡取り ”を人質として拐っていった。
シャルルローズ夫妻がこれまでジェリンを社交界に連れ出すことは一度たりともなかった。
世間では夫妻の子供はアドルフただ一人とされているため、彼より手前の部屋を宛がわれていたジェリンが取り違えられたことになる。
事情を話し終えたアドルフを置きざりにし、ワタシはすぐにも屋敷内に飛び込んだ。
「あ、待てよ、レイウッド!」
後方からの間抜けな声がかかり、後ろをついてく気配を感じるも、構っている余裕はない。
あの連中がジェリンを助けにいくはずはない。それはとうに理解している。
問題はそこではない。
ダンピールの男が“ シャルルローズの跡取り ”と表現したことだ。
世間体を気にする愚かな二人は、ジェリンの存在を隠し通したがるに決まっている。
それはすなわち――
薔薇庭園を抜け、屋敷のエントランスへ上がる段の下までやってきた時、ドアが開かれた。
夫妻が揃って現れ、二人は走り込んできたワタシとアドルフを交互に眺めた。
もちろん、義母はワタシを見てもにこりともしない。
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