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轟々と唸りを上げて濁流を起こす滝の洞穴。
両手足を捕縛され、猿轡を噛まされた俺は無様にも無機質な砂利に身体を横たえていた。
「しっかし、あのシャルルローズの息子の能力がまさかこんなに微弱だとはな……!
社交界の奴等の目は節穴か……!?
将来有望だの希代の魔術師だの……噂だけが一人歩きしているだけだったな」
男の靴が俺の頭をなじるも、当時の俺はなすすべなく、ただただ恐怖することしか出来なかった。
――死ぬんだ、俺はもうここで。
幼いなりに両親が自分を見ていないと、助けが来るはずがないと知っていた。
濁流が絶えず耳を打つ洞穴は鍾乳洞のような解放感と肌で感じる飛沫の匂いという死の恐怖を与えてくる。
流れる水は吸血鬼にとって命取りになりかねない。
早々と死を選び取り、水泡と化すが早いか、生を諦めずに無限の再生力により生きながらにもがき、地獄の苦しみを与えられ続けるか。
怖かった、手足の自由が利かない身体を滝に投げ込まれることの恐怖を想像して、猿轡を噛まされている以上、声をあげることすら叶わず、俺はひたすら恐怖と戦いながら涙を流し続けた。
「いい人質になってくれよ。
お前を囮に、縛り上げたお前の両親を滝壺に落としてやれば依頼は完了する。
まさか、子供を楯に取られて抵抗するわけがない……事にシャルルローズ夫人の子への溺愛ぶりは有名だからな」
それはアド兄のことだ。
取り違えられた俺には全く関係のないことで、助けが来るはずがないんだ。
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