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だが、二人が俺に笑みを見せることはなかった。
止まることのない歩みに、男は俺が人質としての価値がないことに気付き始めたのだろう。
「クソッ、何でだ!?
前情報と話が違うじゃないか!
シャルルローズ夫人は一人息子のアドルフを溺愛してるんじゃなかったのか!?
まさかデマだったのか!?
俺は偽情報を掴まされたというのか……!?」
「あら、そんな情報をご存じなの?
まあ怖いわ……!
人間の手下としていいように使われてることにも気付かないような裏切り者のダンピールごときが」
「死ぬ前に教えておいてやろう。
我がシャルルローズ家の嫡男はこの役立たずではなく、裏切り者ですら恐れおののく焔の使い手であることをな。
お前が拐ったのは、出来損ないの方だったのだ……おかげで助かったがな」
今、耳を通り抜けた言葉が非情な現実を俺に突き付けた。
目の前が暗黒で塗りつぶされていく絶望で前が見えない。
考えることを脳が拒否していた。
「コレを一瞬でもわたくしの可愛いアドと間違えたこと……たっぷり後悔させてあげるわ。
あの子の名誉を汚した罪は、鉄の処女が下す裁きよりも重いの」
長い紅の髪がざわりざわりと蛇のように揺れ蠢いていく。
母さんは俺の喉元に光る刃が見えていないようだった。
父さんは立ち止まって腕を組み、まるで死刑執行を嬉々として見物する客のように口許に笑いを浮かべていた。
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