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「あいつらなら、上にいます。
待っているんですよ、あなたが来るのをね」
「…………え?」
耳を疑った俺の目に、天使のようなレイ兄の笑みが届いた。
ゾクリと背筋が凍るような微笑みは、元来の美貌と相まって余りに恐ろしかった。
待っている……?
俺を殺そうとした二人が?
信じられないような言葉に、当時の俺は当惑したようにレイ兄の顔を見上げ、首を左右に振った。
***
レイ兄は俺を抱きかかえ、崖上までのほぼ垂直な岩壁を何の気もなしに悠然と歩いてみせた。
垂直に壁際を進む脚は吸い付く吸盤のように思えた。
「驚きましたか?
驚くのはまだ早いですよ、ジェリン。
……あなたの喜ぶ顔がもっと見たい…」
胸に押し付けられた肩口から崖下の様子が見えて、思わずぎゅっとレイ兄の身体に腕を回した俺を、レイ兄は微笑で迎え、頬に小さくキスを落とす。
「ん……くすぐったいよレイ兄」
「くすぐったいですか。
ジェリンは可愛いですね」
熱い息を吹き掛けられ、囁かれた頬が熱い。
だが、そんな浮かれた気分も、崖上に近付くにつれ、全身から噴き出す汗が台無しにしていった。
初めの異変は声。
低く唸るような呻き声と、金切り声。
身体を強張らせる俺の反応にも、レイ兄は動じることもなく、歩く足を止めようとはしなかった。
「さあ着きましたよ。
憐れで滑稽なピエロのショーです」
重力の向きが変わる。
そこにある蠢くものは、もはや人の形をしていなかった。
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