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No side
龍臣が大将になってから一か月の月日がたった。
あれから小規模な争いはあったものの、他の大将に会うこともなく、龍臣自身が出なければいけないという任務も少なかった。
少し拍子抜けな気分を味わっていたが、任務がないならないで楽ができていいとも思っていたりする。
そんな龍臣の姿は今、一つの墓の前にあった。
十束宅から少し離れた、緑に囲まれた丘の上にある一つの墓。
見晴らしが良く、商店街を一望できるその場所に墓を置こうと言ったのは龍正だったか。
その墓は、龍臣の母のものだった。
今日は母親の命日だ。
龍臣は毎年、この日には必ず墓を訪れていた。
まだ龍臣が小さい頃に早くして亡くなってしまった母。
原因は、どこかの組織の狙撃手に撃たれたからだ。それも、龍臣の目の前で。
今では母の顔もおぼろげだというのに、龍臣はそのときのことだけは、鮮明に覚えていた。
―――轟く銃声
倒れ行く体
組員たちが母に駆け寄り、その場が一気に騒然となった。
まだ幼い龍臣は血だまりに沈む母を見て泣くことしかできなかった。
母を撃った人間は上手く逃げおおせ、未だに捕まえられていないのだという。
小さい頃はその人間をとても恨んでいたが、今更龍臣は復讐したいとは思っていなかった。
組織に身を置くということは、女子供関係なく、毎日死と隣り合わせだということだ。
あのとき母が撃たれてしまったのも、運命だったと思えば、少しは気が軽くなった。
龍臣は持ってきていたシランの花を墓に差す。
この花は、生前母が好きだった花であり、龍臣が好きな花でもある。
母はいつもこの花を花屋から買ってきては、広い十束家のいたる所に飾っていた。
花瓶にシランを活けながら、紫の小さな花弁が可愛いでしょ?と微笑んでいるのを、うっすらと覚えている。
墓前にしゃがみ、龍臣は手を合わせた。
こうしていると、母を失ったときの気持ちが淡く蘇ってくる。
そしてらしくもなく、小さく心が軋むのだ。
「…いつ見ても綺麗だね」
すると、隣から聞き慣れた声が聞こえた。
目線だけ上げれば、そこには柔らかく微笑む藤の姿が。
龍臣は目線を墓に戻すと、立ち上がった。
「…花は好きか」
シランのことを言っているのだろうと思い、龍臣はそう問う。
藤は意味ありげにふふと笑うと、好きだよと返した。
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