【 桜 木 】

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 丹下左膳は隻眼隻手、箒のような赤茶けた髪を大たぶさにあげ、黒襟に白の紋付、その紋も髑髏で、下に女物の長襦袢を着込んでいるという異様の怪剣士の役だった。  これが当たり役で、彼は昭和2年には年間ベストテンの3位に入っている。相当に役がその人にはまっていたのだろう。  丹下左膳そのものは、もともと林不忘という作家の長編連作「新版大岡政談」で登場する脇役に過ぎない。  しかし、その個性の強さが強烈に読者に支持され、いつのまにか主役級の美剣士、諏訪東三郎の人気をしのぐ存在になったというのだから、どれだけ際立ったキャラクターだったのかが偲ばれる。  ちなみに作者の林不忘という人物も、牧逸馬、谷譲二と三つのペンネームを使って文壇のモンスターと称されながら三十代で死去した超人気作家であったそうな。  ……というような事を、どこで仕入れてきた知識なのやら、有坂が展示を追って、次々、滑らかに説明してくれるから、見ている彼らもなかなかに楽しい。
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