【 桜 木 】

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 ここで口にしても絶対に本人の耳に届かない安心感からか、有坂がいつになく癖の悪い上司の名前をすらすら口に出してきた。  では、オレはその細田とやらと似ているということにならないか、と、果心堂が、何も言わないがありあり嫌そうな顔をする。  桜木と有坂二人が、それと気づいて吹き出した。 ★★★  回遊式庭園というが、庭園というよりは、本当にちょっとした「山歩き」だ。その「ちょっとした」加減がまた、抜群である。  けして疲れ切らさせず、気持ちよい程度。しかし風景はいずれも同じでなく、繊細な工夫と計算で構成されている。山を見ても、また、山からあたりに広がる眺望を見ても、胸の洗われる心地だ。  大乗閣と呼ばれる、この山荘内ではもっとも大きかろう建物を前に、ふたたび緋毛氈をひかれた休憩所があった。  色づいた紅葉が空の蒼を切り取る造形の美を思うさま堪能し終えて、そこで一息と腰を下ろしたところで、桜木は気づいた。
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