第1章

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「大丈夫ですか?」 緊張感のない間延びした声で問いかけてきたのは、奇妙な服装の青年だった。 いやむしろ、そのファッションセンスは大丈夫かとこちらの方が問いたい。 とにかく全身真っ白だった。 何かのコスプレかと問いたくなる程に、徹底して真っ白。 午前中の曇天に気を抜いて日傘も何も持たず買い物に出かけた帰り道。 嘘みたいに、というか、嘘であって欲しいと思うレベルで天気は超真夏日になっていた。 (……火山地帯のマグマとか毒の池とかを延々歩かされてる気分だわ、これ。) 縦に並んだ四人組がバシバシという効果音とともに地味にHPを削られる……そんなレトロでデジタルな映像が遙花の脳裏に浮かんだ。 太陽が真上にあるせいで、日陰らしい日陰は見当たらないし、頭上からは直射日光、アスファルトからは照り返しの熱気。 街路樹からはセミの大合唱。 全身にまとわりつく湿気と熱気とセミの大合唱で不快指数は右肩上がりだ。 「セミをの風物詩とか言い出したの、誰よ。」 街路樹を睨みながら半ば八つ当たりのような独り言をボソりとつぶやいた。 (違う……) 暗い表情で足を止めるとイライラを追い出すように頭を振る。 再び歩きだそうとしたその時、突然鞄の中で振動とともに着信音が鳴った。 遙花の肩がビクリと揺れる。 そのまま身じろぎもせず、その音と振動の終わりを待つ。 肺の辺りに重石でも乗せられたような息苦しさと、指先が冷えて痺れるような感覚。 数秒画面を眺めた後、強ばった指先から落とすようにして携帯を鞄へと戻した遥花は、肺の辺りにつっかえた重いものを吐き出そうと深呼吸を繰り返した。 と、唐突に、 「セミは夏の風物詩!!ごめん!!」 街路樹に向かって一言。 意味不明な独り言だ。 しかも結構な勢いの独り言だ。 ごめんてなんだ。 暑さにやられたか。 しかし、その独り言でうまく気持ちを切り替えたらしい。 切り替えが済んだところで、先程から突っ立ったまま……自宅との距離は一歩も縮まっていない。 残りの道のりと、雲一つかかりそうにない太陽を交互に見比べ、遙花は本日何度目かのため息をついた。
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