78人が本棚に入れています
本棚に追加
一 略奪
その夏。
出雲は日照りにみまわれた。昨年の台風・野分につづき、二度目の被災だった。
そして、秋。
田畑の収穫だけでは冬を越せぬため、郷の人々は木の実を拾い、狩りをして冬に備えようとしていたが、日照りで山の木の実は少なく、それらを餌にする鳥も獣も、例年より減っていた。
木次郷の加茂村の人々が山へ行こうとしていた、早朝。
大足春の息子・春来は、肉をそがれた鹿の骨を持って外へ出た。
狩りの獲物は、仕留めたその日のうちに腐りやすいところを食い、肉を家の天井に干して、残った骨を獣や鳥を捕らえる罠の餌や犬の餌にする。この骨になった鹿は、五日前から追ってようやく仕留めた獲物だった。
『食い物がなくなったら、こいつらを食うのか・・・』
入口がある家の西から家の南へ歩き、春来は群がる犬と烏を見て思った。村ではすでに家畜や犬を食った家もある。
犬たちに骨を与えると、遠くから馬蹄の音が響いてきた。飢えた犬たちは骨に夢中で、その音に気づいていなかった。
「とおちやん。馬の音がするっ」
春来は家にいる父・大足春を呼んだ。
「こんな早くから誰だ・・・」
大足春は外へ出た。
簸乃川が出雲を南東から北西へ流れている。西岸の街道から道が西へわかれ、加茂村を南東から北西に抜けて、ふたたび街道へもどってゆく。村に入るその道を南東から、武装した騎馬が馬蹄を響かせて近づいてきた。
一瞬、大足春の顔から血が引いたが、すぐさま怒りと興奮が身体中に湧きあがり、熱い血潮とともに首筋をかけのぼって、頭の中で膨れあがった。
「なんてこったっ。和仁が鉄穴衆を連れてきたっ。春来っ。田圃を通って、木次の村上に、和仁が来た、と知らせろ。そしたら、山へ逃げろっ。馬を使えば見つかる。走ってゆけ」
最初のコメントを投稿しよう!