78人が本棚に入れています
本棚に追加
和仁の馬が停止した。身動きしない春来を確認すると、和仁は大足春の家にむかって馬を走らせてきた。
「爺っちゃんっ。山の小屋へ逃げろっ。逃げねえと、殺められるぞっ。粟なんかいいっ。早く逃げろっ」
大足春が叫んだ。家には大足春の老いた両親と、赤ん坊を抱いた妻がいる。老いた両親は穀物を隠すのをやめ、家の裏手を覆う茅束に人が通れる穴を開けた。
「あんたっ。あんたはどうするんだいっ」
妻は、泣き叫ぶ赤ん坊をあるだけの衣にくるみ、背負子に入れた。赤ん坊が胸の位置にくるよう、背負子の肩帯に腕を通し、はずれぬように肩身で肩帯をきつく結わえた。
「早く行けっ。春来が殺められちまった。おら、和仁を許さねえっ。早く山の小屋へ逃げろっ。おらも、あとから行くっ」
「はるくが・・・」
息子の死を知らされ、妻は茅束に手をかけたまま呆然としている。
「なにしてるっ。早く行けっ」
妻は大足春に促され、老いた父母が待つ家の裏へ茅の穴を抜けた。
大足春は鋤を握った手に力をこめた。
最初のコメントを投稿しよう!