十 西利太の村下

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「ほほう、少しは考えておったな」と布都(ふつ)。 「尾羽張(おばはり)から遠呂智(おろち)の思いを聞かされた折に」 「では、一番、大切なことを言っておく。  皆、一刻も早く夫婦になれ。先祖(うじがみ)の思いをうけ継ぐ子を一人でも多く持てるよう、子をたくさん産め。子は宝だ・・・」  人の思いは先祖の思いであり、その思いをうけ継ぐ者がいるから一族が繁栄する。  だが、子は数ある先祖の思いの中から己の思いを定め、その思いを遂げるため、親を選んで生まれてくる。従って、親の思いと子の思いは必ずしも一致しない。優れた魂が、この親のもとで親の意志を継ぎ、先祖の思いを遂げたい、と親と先祖の思いを選ぶよう、夫婦は日々精進せねばならぬのである。 「布都斯(ふつし)(いね)を妻にする。下春(したはる)も早く芙美(ふみ)を妻にせよ」 「承知しました」  下春と芙美が布都にお辞儀した。 「尾羽張(おばはり)阿緒理(あおり)を妻にせよ。櫛成在(くしなある)の了解は得てある。いやなら無理にとは言わぬ」  布都斯の姉・芙美は下春の許嫁(いいなずけ)である。そして、尾羽張が布都斯の妹・阿緒理に思いを寄せていることを、皆が認めている。  阿緒理が尾羽張にうなずいている。 「とんでもありませぬっ。お受けいたしますっ」  尾羽張はあわてて布都と布都斯に深々とお辞儀した。 「妻を持ち、皆、正式に村上(むらが)となった。二組の夫婦が暮らすに、布都斯の家では狭かろう。政庁(せいちょう)(やかた)が建つまで、布都斯と下春は木次(きすき)の村上の(やかた)に住み、稲と芙美を迎えよ」 「・・・」  布都斯と下春が返事しない。  二人のそばで稲と芙美が身震いした。 「予矛珠(よむじゅ)の霊なぞ出ぬゆえ、心配するな・・・。  皆、予矛珠の魂が先祖に召されるのを見たではないか。予矛珠が戒められるのを承知していた(あかし)だ」 「・・・わかりました」  布都斯と下春が言った。
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