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翌日、昼過ぎ。
快晴の下、和仁が二人の鉄穴衆を連れて布都の館に駆けつけた。
「上議りの結果を伝える前に、聞きたいことがある。上がってくれ」
布都斯は和仁たちを広間に上げた。
和仁たちを囲み、布都や下春たち村上や村下と、布都に仕える蹈鞴衆、そして、布都の家族が座った。
「何なりと聞いてくれ」
鉄穴衆の暮らしを思う和仁に、聞かれて困ることはない。
「首を刎ねられる折、遠呂智は笑っていた。蝦夷を俺と知りながら首を刎ねさせた・・・。なぜだと思う・・・」
上座に座って問う布都斯から気配が消えた。和仁は布都斯に心を読まれるのを感じた。
「あれほど定めを犯したのだから、覚悟していたのだろう・・・」
和仁は遠呂智の思いを聞いていたが、遠呂智が遠呂智自身の立場をどのように考えていたか、何も聞いていなかった。
「ほんとうに、それだけか」
心を見透かす布都斯のまなざしを感じ、和仁はこれまでの思いを述べた。
「館で贅沢に暮らす頭領がいなければ、鉄穴衆は出雲と石見、伯岐の郷に砂鉄と鉱石を商うだけで暮らせた。他の郷と親しく行き来し、鉄穴衆は皆、もっと早く妻を持てたはずだ。だから、頭領が身罷ればいい、と思ったことは、これまでに何度もあった。そのことに頭領は気づいていたのかも知れぬ」
「遠呂智は鉄穴衆の行く末を思っていなかったのか」
「俺に鉄穴衆の繁栄を語ったが、本音は民を支配することだったと思う・・・」
鉄穴衆の繁栄のため、鉄を支配して先祖の思いを遂げる、と遠呂智は語った。遠呂智が騎馬隊を組織して蹈鞴衆を制圧すれば、民は遠呂智のなすがままである。
「なぜ、館を厳重に警護させなかったのだ」
「鉄穴衆に警護させる、と進言したが、頭領は、櫛成在の娘がいるから討たれぬ、警護しなくて良い、と言った。俺はそれ以上、強く進言する気にはなれなかった・・・」
和仁は話しながら、己の中に跳びこんだ遠呂智の胴体の霊を思った。遠呂智は生前、大神は蹈鞴衆にも加勢している、と語っている。
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