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「鉄穴衆には須我村の近くに土地を与え、作物を作れるようにするゆえ、そのように心配するな。
豊作の年には村ごとに穀物を蓄えさせ、不作の年でも皆が飢えぬようにする。あまった穀物は鉄の道具とともに、鉄穴衆と蹈鞴衆が騎馬隊の遠征をかねて諸国へ商うのだ」
鉄穴衆が田畑を得、鉄の道具の他にも商いできるなら、和仁にとって願ってもないことである。
「穀物を蓄えて商うのは、蹈鞴衆が暮らす、この出雲五箇郷のためだけか・・・」
「他の郷にも、ともに働く衆がいれば、その者たちのためにもだ」
「民のために先祖の思いを遂げる、と言うのだな・・・」
「そうだ。民の国・大倭を建国する・・・。
和仁はどこの生まれだ」
「隠岐の生まれだ。祖父が前漢から隠岐に渡来した」
「なぜ、隠岐に流れてきたのだ」
「祖父が前漢の宮廷と対立していた」
「隠岐の衆のためにもなるはずだ」
『機会を逃すな。ともに行動しろ』
和仁は布都斯の言葉とともに、遠呂智の声を聞いた。
「・・・わかった。承知しよう」
「漢の言葉を話せるか」
「いかにも」
「それは良い・・・。ところで、鉄穴衆の穀物はどれくらいある」
「二年分ほどだ」
「なぜ、遠呂智に仕えていた」
「隠岐の家族を食わせるため、十歳の時、年に穀物四袋で雇われた」
「今も四袋のままか」
「二年ごとに一袋ずつ増え、今年で十四袋だったが、それが何か」
「いや、何もない。雇われていたのは和仁だけか」
「そうだ」
「遠呂智が隠岐と大東、須我から穀物を奪わなかったのは、なぜだ」
「隠岐を足がかりに、高句麗へ遠征する気だったらしい。
大東と須我から略奪しなかったのは、身近に敵を作らぬためだ。
遠呂智のことで、まだ何かあるのか」
『俺の心はすべて布都斯に読まれている。今さら隠すこともない』
布都斯の心を見透かすように、和仁は布都斯を見返した。
「もうない・・・。騎馬隊の訓練を怠るな」
冬は鉄穴場の作業をしない。鉄穴衆の作業は銑押しだけになる。
「承知した。訓練しておく・・・。
折にふれ、西利太に顔を見せてくだされ。
皆様の顔を見れば、鉄穴衆が安心しまする。
では、これにて・・・・」
途中から丁重に言って皆にお辞儀し、和仁は鉄穴衆を連れて立ちあがった。
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