十 西利太の村下

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鉄穴衆(かんなしゅう)には須我村(すがむら)の近くに土地を与え、作物を作れるようにするゆえ、そのように心配するな。  豊作の年には村ごとに穀物を蓄えさせ、不作の年でも皆が飢えぬようにする。あまった穀物は(くろがね)の道具とともに、鉄穴衆(かんなしゅう)蹈鞴衆(たたらしゅう)が騎馬隊の遠征をかねて諸国へ商うのだ」  鉄穴衆が田畑を得、鉄の道具の他にも商いできるなら、和仁(わに)にとって願ってもないことである。 「穀物を蓄えて商うのは、蹈鞴衆が暮らす、この出雲五箇郷(いずもごかごう)のためだけか・・・」 「他の(さと)にも、ともに働く衆がいれば、その者たちのためにもだ」 「民のために先祖(うじがみ)の思いを遂げる、と言うのだな・・・」 「そうだ。民の国・大倭(やまと)を建国する・・・。  和仁はどこの生まれだ」 「隠岐の生まれだ。祖父が前漢から隠岐に渡来した」 「なぜ、隠岐に流れてきたのだ」 「祖父が前漢の宮廷と対立していた」 「隠岐の衆のためにもなるはずだ」 『機会を逃すな。ともに行動しろ』  和仁は布都斯の言葉とともに、遠呂智(おろち)の声を聞いた。 「・・・わかった。承知しよう」 「漢の言葉を話せるか」 「いかにも」 「それは良い・・・。ところで、鉄穴衆の穀物はどれくらいある」 「二年分ほどだ」 「なぜ、遠呂智に仕えていた」 「隠岐の家族を食わせるため、十歳の時、年に穀物四袋で雇われた」 「今も四袋のままか」 「二年ごとに一袋ずつ増え、今年で十四袋だったが、それが何か」 「いや、何もない。雇われていたのは和仁だけか」 「そうだ」 「遠呂智が隠岐と大東(だいとう)、須我から穀物を奪わなかったのは、なぜだ」 「隠岐を足がかりに、高句麗へ遠征する気だったらしい。  大東と須我から略奪しなかったのは、身近に敵を作らぬためだ。  遠呂智のことで、まだ何かあるのか」 『俺の心はすべて布都斯に読まれている。今さら隠すこともない』  布都斯の心を見透かすように、和仁は布都斯を見返した。 「もうない・・・。騎馬隊の訓練を怠るな」  冬は鉄穴場(かんなば)の作業をしない。鉄穴衆の作業は銑押(ずくお)しだけになる。 「承知した。訓練しておく・・・。  折にふれ、西利太(せりた)に顔を見せてくだされ。  皆様の顔を見れば、鉄穴衆が安心しまする。  では、これにて・・・・」  途中から丁重に言って皆にお辞儀し、和仁は鉄穴衆を連れて立ちあがった。
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