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「父上っ。遠呂智を討とうっ」
剣を取りに、布都斯は館へ走ろうとした。
布都が穏やかに布都斯の腕をつかんだ。
「おちつけ・・・」
布都斯は布都の手をふり払った。
「あれほど反対したのに、父上が鉄穴衆に銑押しと野鍛冶を教えたからだ。このままなら、遠呂智が鉄と出雲を支配するぞっ」
蹈鞴衆が出雲に商う鋼物の農具は、一丁につき穀物二袋である。一方、遠呂智は野鍛冶で打った鈍らな農具を、一丁につき穀物一袋で石見と伯岐に商っている。
「むやみに争ってはならぬ・・・」
布都が村の広場へ視線を移した。その目は眼光鋭く、穏やかさが失せていた。
『なぜ討たぬ。鉄穴衆は少ない。遠呂智を討つなら今だ・・・』
苛立ちながら布都斯は思った。
布都は布都斯の思いを察していた。
「機が熟すのを待つのだ・・・」
『機が熟すとはいったい何だ。父の言うことはわからぬ・・・』
布都斯は肩の力を抜いた。広場を見おろしたまま深呼吸し、気を静めた。
村人に薦包みを渡すと鉄穴衆が騎乗した。布都の屋敷へむかって馬を走らせてくる。
「父上っ。皆に剣を帯びさせるぞっ」
おもむろに布都がうなずいた。
「皆、鉄穴衆に備えろっ。父上と俺の剣を持ってきてくれっ」
蹈鞴衆が館へ走った。剣を帯びてもどり、布都と布都斯に剣を渡して二人のまわりに立った。布都の剣は、十握剣、と呼ばれ、両刃の長さが拳十個分の長剣である。
「儂にまかせろ・・・」
剣を帯びながら布都が言った。
『何をためらう・・・』
布都斯と布都を含め、蹈鞴衆は十人である。剣を扱いなれた蹈鞴衆に、遠呂智と八人の鉄穴衆などものの数ではない。布都斯は不満だった。
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