二 定め

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「父上っ。遠呂智(おろち)を討とうっ」  剣を取りに、布都斯(ふつし)(やかた)へ走ろうとした。  布都(ふつ)が穏やかに布都斯の腕をつかんだ。 「おちつけ・・・」  布都斯は布都の手をふり払った。 「あれほど反対したのに、父上が鉄穴衆(かんなしゅう)銑押(ずくお)しと野鍛冶を教えたからだ。このままなら、遠呂智(おろち)(くろがね)と出雲を支配するぞっ」  蹈鞴衆(たたらしゅう)が出雲に商う鋼物(はがねもの)の農具は、一丁につき穀物二袋である。一方、遠呂智は野鍛冶で打った(なまく)らな農具を、一丁につき穀物一袋で石見(いわみ)伯岐(ほうき)に商っている。 「むやみに争ってはならぬ・・・」  布都が村の広場へ視線を移した。その目は眼光鋭く、穏やかさが失せていた。 『なぜ討たぬ。鉄穴衆(かんなしゅう)は少ない。遠呂智を討つなら今だ・・・』  苛立ちながら布都斯は思った。 布都は布都斯の思いを察していた。 「機が熟すのを待つのだ・・・」 『機が熟すとはいったい何だ。父の言うことはわからぬ・・・』  布都斯(ふつし)は肩の力を抜いた。広場を見おろしたまま深呼吸し、気を静めた。  村人に薦包(こもづつ)みを渡すと鉄穴衆が騎乗した。布都の屋敷へむかって馬を走らせてくる。 「父上っ。皆に剣を帯びさせるぞっ」  おもむろに布都がうなずいた。 「皆、鉄穴衆に備えろっ。父上と俺の剣を持ってきてくれっ」  蹈鞴衆が(やかた)へ走った。剣を帯びてもどり、布都と布都斯に剣を渡して二人のまわりに立った。布都の剣は、十握剣(とつかのつるぎ)、と呼ばれ、両刃(もろは)の長さが拳十個分の長剣である。 「(わし)にまかせろ・・・」  剣を帯びながら布都が言った。 『何をためらう・・・』  布都斯と布都を含め、蹈鞴衆は十人である。剣を扱いなれた蹈鞴衆に、遠呂智と八人の鉄穴衆などものの数ではない。布都斯は不満だった。
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