LOT.1 黒江リサ

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「なぜ、私にそんな話を?」  彼女は、少し考えてから答える。 「あなたが、いい人だから」 「私は、いい人なんかじゃないわ」 「普通なら、自分の落札額が大きくなれば喜びます。でもあなたはそうじゃなかった」 「それは、自分にそんな価値があると思ってないからよ」  彼女は、手帳に挟んである筧 幸三郎の写真を取り出した。そしてしばらくそれを眺めたあと、視線を私に移す。 「社長が好きになった人です。そんな価値は、十分にあります」 「好きって……」  でもすぐに、彼女の表情が曇る。 「たぶん、私がオークション会場に行くことは、もうないと思います」 「どうして?」  それならそれで、彼に余計なお金を使わせなくてすむからいいんだけど。 「会社が上手くいっていたのは、奥様のおかげなんです。売上の管理や、お酒の販売戦略、レストランの経営プラン作成、それらはすべて奥様がおこないました」  筧 幸三郎は表舞台に立って、妻が立てた計画通りに動いた。豊富な人脈と、絵梨子夫人の経営能力が、彼に成功をもたらしたのだ。 「奥様が亡くなられて、経営が上手くいかなくなると、社長を取り巻いていた人たちは、蜘蛛の子を散らすように去っていきました」  その結果、会社は徐々に傾き始めた。そんな弱みに付け込んで、怪しい投資話を持ち込む人間もいた。相談相手もおらず、冷静な判断ができなくなっていた筧 幸三郎は、多額の金をその怪しげな投資に回し、あっという間に負債が膨らんだ。 「来月には、レストランが閉店します。このままだと、あの南麻布のお屋敷も競売にかけられるかも知れません」 「そんな……」  一緒にいた筧 幸三郎からは、そんな様子は少しも感じられなかった。
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