LOT.1 黒江リサ

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「社長があなたを落札したのは、あの事故のことだけじゃなく、ふたりで築き上げてきた会社や、レストランを失ってしまうことを、奥様に謝りたかったからかも知れません」  だから、私に絵梨子夫人を演じさせた……。 「でも、2度目の落札に関しては、ただ純粋に社長はあなたに会いたかったんです」  彼の声を、思い出す。彼の言葉を、思い出す。 「もう一度、妻じゃないきみと、キスしたいと思った。きみの身体に触れたいと思った」  その声と言葉は、私の心を温かくする。けれど、絵梨子夫人と秘書の彼女の気持ちを考えると、素直に喜べない。 「もう、社長にはオークションに使えるようなお金は残っていません。だから、私があなたに会うのも、これが最後」  秘書の彼女の顔には、少しだけ寂しさが浮かんでいた。私は、思いついたように言った。 「名前を、教えてもらえないかしら」 「私の?」 「そう、あなたの名前を知りたいの」 「……ミズホ。八木 ミズホ」 「ミズホ、か。いい名前ね」  彼女は、小さく手を振って、運転手に乗り込みドアを閉めた。  私は白いアウディが見えなくなるまで、そこで立っていた。 「さよなら……、ミズホ」  太陽が昇って、街は新しい1日を作り始めていた。
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