LOT.1 黒江リサ

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 私は、ステージの上に立って、幕が上がるのを待っている。  男たちの声が聞こえる。欲望の匂いを感じる。今夜を特別な夜にしたいと集まった彼らもまた、ざわめく会場で幕が上がるのを待っている。  そのとき、私は気配を感じる。影の、気配……。あの日の私の影が、足音もなく背後から近づいてくる。そう、いつものように。 「お願い、早く、幕を上げて」  目を閉じて、私は願う。そして手首を鼻先につけ、パフュームの甘い香りを吸い込む。ベルガモットの香りが鼻腔をくすぐり、恐怖が少しだけ薄まっていく。 「大丈夫……、私はもう、あなたじゃない」  そう呟いた瞬間、ハンマーを打つ音が会場に響く。1回、2回、3回。 「お待たせしました! 今夜のオークションを始めます」  オークショニアの声が響いて、会場が静寂に包まれる。 「ロットナンバー1、黒江(くろえ)リサ!」  私の名前が呼ばれると同時に、勢いよく幕が上がった。いくつものライトが一斉に私を照らし、眩い光がシャワーのように降り注ぐ。  ボディラインに沿った赤いタイトなワンピースを着た私は、下着が見えそうなほど短いスカートから伸びる足を左右に開き、右手をくびれた腰にあてて、満席の会場の男たちに身体を見せつける。それから後ろを向いて、髪をかき上げながら肩越しに潤んだ目を投げる。  その瞬間、彼らの甘いため息と、唾を飲む音が混じりあった。たくさんの視線が蛇みたいに私の身体を這って、私はそれに快感を覚えて、そのころにはもう、あの影は姿を消している。  
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