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カウンセリングの直後だというのに、少し、憂鬱になった。
「あっ、来た来た。それじゃ、早速行くよ!」
「お、おい、ちょっと待ってくれよ。少し、休んでから……」
「なぁに、ジジ臭いこと言ってんの! ほら!」
そう言って突き出した手には、前日に用意しておいた鞄が握られていた。
「さ、行こ!」
「ちょ、ちょっと待て」
美木に手を引っ張られながら、僕は言った。
「時間は大丈夫なのか?」
時刻表をチェックしなければ、余計な時間を待つことになる。都会なら気にしなくてもいいだろうが、ここは田舎だ。
「走れば大丈夫!」
前を向いたまま、美木は叫んだ。
「走れば……か」
運動不足の身体には辛かった。しかも、手にふたり分の荷物を持っているとなれば、尚更だっただろう。
「はあ、はあ……」
「ふう……ふう……な、何で……」
「はあ……はあ……」
「ふう……はあ、こ、こんな苦労……し、しなきゃならない……?」
「お腹空いていた方が、ご飯だって美味しいでしょ! それと同じ!」
同じなのだろうか……?
「ほら、もうちょっとだから、頑張って!」
「だ、だったら……荷物、も、持ってくれ」
「あたし、レディーだもん!」
それが理由になるのかどうかは、定かでは無い。
僕はふと不安になった。尻ポケットに財布を入れているのだが、その底が割と浅いのだ。振動で、飛び出したりしないだろうか……?だが、口に出して、休みたい口実に思われるのも癪なので、そのまま走り続ける。
「あっ、ほら、もうすぐ!」
「あ、ああ……」
少なからずほっとした。冗談抜きで、身体が鈍っていた。
「あっ……!」
とうとう財布を落としてしまった。慣性の法則で吹っ飛んでいく。
「ちょ、ちょっと待て!」
僕は手を振りほどき、地面にしゃがみ込んだ。面倒なことに、小銭があたりに散らばっている。
「お兄ちゃん、早く!」
既に駅舎の陰に入っている美木が、そう叫んだ。お前が急かしたからだろうが……。
しばらくして、小銭をすべて拾い終わった。
「ふう……何とか間に合ったね」
座席に座り、美木は額を拭った。もう片方の手で、僕の膝小僧を意味もなくまさぐっている。
僕は大きく息をついた。
「一本くらい遅らせたって、良かったんじゃないのか?」
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