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「やぁだ、そんなの。タイム、イズ、マネーだもん」
「生き急いだって、いい事無いぞ」
「あるじゃん。少しでも、早く泳げる!」
「…………」
全くポジティブだった。まあ、単に泳ぐのが好きなだけって事かもしれない。
「そう言えば……お前、遊んでいいのか?」
「え? 何で?」
「だって、大会は月曜だろう?」
「海でだって、練習は出来るよ?」
「いや……だから、疲れるんじゃないのか?」
すると美木は、ころころと笑った。
「日曜日ゆっくり休めば平気だよ。お兄ちゃんと違って、あたし若いんだから」
「何が、俺と違ってだ……」
だが、体力の無さをさらした今となっては、あまり強い事も言えなのだった。
「どのくらいで着くんだ?」
「うん、一時間半くらい。穴場なんだよ。たぶん、ほとんど誰も居ないと思うから、楽しみにしてて」
「なるほどな」
無理矢理連れてこられた旅行だったが、段々と楽しみになってきた。僕もかつては、水泳部に所属していたのだ。泳ぐのは嫌いじゃ無かった。
「お兄ちゃん、大学でも、水泳部に入れば良かったのに。サークルでもいいけどさ」
「うん……まあな」
意味の無い返事を、口の中で呟いた。美木はそれ以上は追及せず、車窓に顔を向けた。
丘先学園は、エスカレーター式の学園だった。従って、嫌でも知った顔が増える。その気安さが、僕を部活動に導いたのだった。だが、大学は事情が違う。周りは当然、赤の他人ばかりだ。だから、どのサークルにも入会しなかった。僕は所詮、そいうい人間なのだ。
それから、車窓から見える景色を眺めたりして時間が過ぎていった。美木は珍しく静かだった。その沈黙さが、時に、澄子と過ぎしているような錯覚を僕に与えた。やはり、大会を前にして、ナーバスになっているのかもしれない。何せ、今年で最後だ。しかも美木は、全国の上位入賞すら狙える実力の持ち主なのだった。緊張するのも当然だろう。
美木は、憂鬱とも取れる顔で車窓から見える景色を眺めている。
「美木はさ……」
「…………」
「……美木?」
「…………」
「…………?」
まるで無反応だった。
自分の名前すら耳を通り過ぎる程、不安なんだろうか? 肩に手を置いた。すると美木は、びくっと震えてこちらに顔を向けた。
「あっ、ご、ごめんなさい……。ちょっと、ぼうっとしてて。何?」
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