第1章

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 取り繕ったような笑みを、美木は浮かべた。  「不安……なのか?」  「何が?」  「大会だよ」  「…………」  「…………」  美木はさっと目を逸らした。そして、こくんと頷いた。  「美木は……お前はさ、現役時代の俺より、余程すごいスイマーだよ」  「…………」  美木はようやく、顔をほころばせた。  「お兄ちゃんみたいなヘボちんと、一緒にしないでよね!」  んべ、と舌を突き出した。いつもの美木が帰ってきて、僕は少し安堵したのだった。  この年で――年齢はまだ思い出していないけど――若さのありがたみをしみじみ実感した。  あたしは、二宮さんの予想よりも早く快復が進んでいた。それで、許しが出て、潮騒に耳を傾けながら小説なんかを読んでいる。  例にSF。  「ふう……」  面白いけれど、ちょっと疲れた。  あたしはそろりとベッドを抜けると、窓辺に歩いていった。  「やっぱり……」  思った通りの景色が眼下に広がっていた。  ――ざあぁん……  ――ざあぁん……  耳は、正しくその意味をあたしに伝えていた。  波の音。  海がそこにあった。  浜辺。  ちろちろと白い舌みたいな波が、それを洗っている。  波が返すと、茶色い浜辺が真っ黒に濡れていた。  空は、真っ青な晴れ。海水浴には、持ってこいの天候に思えた。  そんな様子を眺めていると、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。  ――泳ぎたい!  強烈にそう思った。それと同時に、焦りが、身体の奥でかっと燃え上がった。  欲求と感情は、あたしを戸惑わせた。  振り返ってみれば、あたしは割と呑気に、記憶喪失生活を満喫していた。別に、焦ったりはしなかった。そんな呑気ぶりが、海を見た途端崩れ去った。そして――。  「泳ぎたい……」  「何だって?」  振り返ると、二宮さんは立っていた。あたしはベッドに戻った。  「先生……あたしね」  「うん?」  「たぶん、泳ぐことが好きだったんだと思う」  「今、窓の外を眺めていたようだが……それで?」  「うん?波を見ていたらね、欲求が、こう、噴き上がってきたの」  あたしは、ぐわっと両手を持ち上げた。  「すごい、泳ぎたいって思った」  「ほお……」  「あっ、そうだ!」  あたしは、パンと手を叩いた。  「ねっ、今から泳いでもいい?」
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