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(水着はあるかな? 水温は何度くらいだろう?)
何て楽しい考えが泡みたいに浮かび上がってきたのに、それがあっさりと押し潰された。
「駄目」
「ええ~?」
あたしは、思いっきり顔をしかめた。
「やれやれ、少し体調が良くなったと思ったら、そんな無茶を言う」
「無茶……かな?」
「小説も読めないような生活に戻りたいなら、私は止めないがね」
「む~……」
そんな風に言われたら、諦めるしかない。
二宮さんは慰めるように、
「お前さんは若い。そんなに急がなくても、これから先、泳ぐ機会などいくらでもあるだろう」
「確かに若いけど。でも、タイム、イズ、マネーだもん」
「だったらお前さん、大金持ちだ。だから、もっとゆっくり構えなさい」
「は~い……」
あんまり我がままを言っても仕方がなかった。
「それにしても、記憶は順調に蘇えってきているみたいだな」
「そうだね……」
目覚めた時は、自分という姿を全く描くことが出来なかった。今は、ラフ程度なら描くことが出来る。
「仲の良かった、男に人と女の人が居て……」
「お前さんは、もしかすると男の事を好いていて……」
「でも、たぶん、振られたらしくて……」
「趣味は、水泳……。もしかしたら、小説も好きだったかもしれない」
「それに、何より……」
あたしはにやっと笑った。
「男を魅了して止まない、この可愛さ」
二宮さんも、にやっと笑った。
「言うほど可愛いのなら、男に振られることも無かったんじゃないかね?」
「むぐ……痛いところを」
あたしは顔を手で覆った。と、その手をぱっと離す。
「うん、そうだ。きっと、何か事情があったんだよ」
「ほお、どんな?」
「なんつうの? ロミオとジュリエットみたいな、許されざる愛とか」
その言葉に、ふたりして笑った。
その後、お風呂の許可が出て、あたしは何日かぶりに、さっぱりすることが出来たのだった。
「うっわ~! 気っ持ちいい~!」
「そうだな……」
さんさんと降り注ぐ陽光に、浜辺は白っぽい姿をさらしていた。
「でも、どこが穴場なんだ?」
右にも左にもたくさんの海水浴客が居た。
「ここは違うよ。あたしが言ったのは、ここから少し離れた場所」
と言って、海岸線に沿って指を差した。
「すごい離れているのか?」
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