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「さてと、まずはこれを塗って……と」
美木はバッグからオイルを取り出した。
「お兄ちゃん、塗ってくれる?」
「……自分でやれよ」
「……けち」
『いいですよ~だ』などと言いながら、美木は手の平にオイルを垂らすと、それを全身に塗った。元々日焼けしているが、それでも気になるのだろうか?
「お兄ちゃんも塗る? あたしがやってあげるよ」
「……いや、いい」
「そう。じゃ、泳ごうよ!」
「ああ」
美木が海に向かって駆け出していく。その後を追うように、歩いていった。
「えいっ!」
――バシャッ!
波の中に入った途端、海水が襲ってきた。やり返した方がいいのだろうか、などと考えていると、
「やあっ!」
第二陣がやって来た。
僕は顔をほころばせると、ごく自然に行動に移っていたのだった。
「やったな!」
――バシャッ!
久しぶりに童心に帰った気分だった。
泳ぐ前から身体をびしょ濡れにして、ようやく僕たちは海水の中に身を横たえたのだった。
「気っ持ちいいねえ~!」
「そうだな。ちょうどいい水温だ」
「うん」
美木はうっとりと目を閉じた。
ゆったりと身体を伸ばし、水にその身をまかせている。
「なあ、美木。泳がないのか?」
水に身体を包み込まれる感覚に、水泳部時代の自分が思い出された。
美木は悪戯っぽく笑った。
「来てよかったでしょ? お兄ちゃん」
「ああ。そうだな」
「ん。素直な子」
美木は身体を起こすと、水平線に向かって指を差した。
「じゃ、あの小島まで競争しよ! それじゃ、よーい、どん!」
返事をする間も無く、美木は泳いでいってしまった。
美木があげる水煙をしばらく見守ってから、僕は泳ぎだした。まずあり得ないだろうが、万一ということもある。
僕に負けたりして、自信を失ったりしたらまずいだろう。だが、美木も手加減をしたのだろう。ふたりの間には、それほど距離が開かなかった。
「おーい! お~そ~い~!」
競争は一時中断らしい。僕も泳ぐのを止め、手を振り返す。
「競争はもういいから~! 一緒に泳ごうよ~!」
しきりに手招きしている。
水滴が陽光に輝き、美木はひどく可愛らしかった。
(僕は何を考えているんだ……?)
急に気恥ずかしくなり、僕は海の中に潜った。
そのまま数秒してから、海面に顔を出した。
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