0人が本棚に入れています
本棚に追加
「ぶっ!」
まるで待ちかまえていたように、小山ほどもある波が襲ってきた。顔が完全に洗われ、そして、景色が現れた。
「ふう~……」
やや沖の方に来ているというのに、かなり大きな波だった。
岸辺に目を遣ると、波は、その大きさを徐々に増しながら走っている。
「え……?」
振り返り、僕は目を疑った。
美木が居ない。
辺りに遮る物なんて何も無い。
さっきの僕のように、海の中に潜っているのだろうか? そう考え、しばらく待ってみたが、姿を現そうとしない。
「美木! 妙な冗談はよせよ!」
そう叫ぶと、返事は返ってこない。
やけに静かな水面。
目には見えない程度の波が、定期的に身体を持ち上げる。不安と焦燥が、喉元までせり上がってきた。
「美木!!」
ふたつの感情に押し出された声は、妙に甲高いものだった。
「み――」
声が、凍り付いた。
水面に、ちらっと、美木のリボンが覗いたような気がしたのだ。
現役時代にも経験をしたことの無いスピードで、そちらに泳いで行く。
「美木……」
気を失いそうな程の安堵に襲われた。
海草のように漂っている美木を、そこに見つけることが出来た。
腋の下に手を差し込んで、顔が水に浸からないようにする。水を顔からしず滴らせた美木は、固く目をつむっていた。
「美木……?」
呼びかけてみるが、何の反応も無い。意識が無いらしかった。
美木を腋に抱えると、出来る限りのスピードで、浜に向かって泳いでいった。
「美木……」
頬を叩いてみる。
この期の及んで、まだ、冗談だったらいいという願望があった。
「美木……実は、俺は、余命いくばくも無い身体でな」
そんな事を言ってみるが、美木の表情はぴくりとも動かなかった。
――冗談じゃ無い。
胸に耳を寄せる。
鼓動が聞こえてきた。
心臓は動いている事に、ひとまず安心した。
口元に指先を持っていく。
空気の流れは感じられなかった。
呼吸が止まっているのだ。
水泳部に通っていた頃に、人工呼吸の方法なら覚えていた。
僕は美木を救うため、その方法を思い出しながら、急いで処置を施した。
………………。
…………。
……。
「うっ! ごほっ! ごほっ!」
ようやく、水を吐き出してくれた。
「え……?」
ゆっくりと瞼を開き、夢見るような目を向けてきた。
最初のコメントを投稿しよう!