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「どうしたの……? 聡人…………お兄ちゃん」
美木に奴、混乱しているらしい。
僕は、その頬を軽く叩いた。
「だ丈夫か?」
「え……?」
「お前、溺れたんだぞ」
「溺れて……?」
「そう」
「…………そうだったんだ……」
「身体はどうだ? 辛いか?」
「ううん……」
「それじゃ、ともかく医者に見せに行くぞ。油断は出来ないからな」
「分かった……」
やや足下がおぼつかないが、美木は起きあがった。
「あ、ちょっと待って」
歩きかけた僕を、美木は呼び止めた。
「お兄ちゃん……もしかして、人工呼吸した?」
「あ? ……まあ、そうだけど。呼吸がとまっていたからな」
「……エッチ」
僕をからかうようにそう言うと、美木はぷいっとそっぽを向いた。
「い、いや……エ、エッチって……仕方ないだろう。人命がかかっているんだ」
僕はへどもどと言い訳をした。いや、言い訳では無い。本当のことだ。
「ま、いいけど」
美木は僕を置いてさっさと歩き出した。その背中をしばらく呆然と見つめてから、慌てて追いかけたのだった。
海の家に人に尋ねると、歩いていける距離に、小さな診療所があるとのことだった。
僕たちは手早く着替えると、描いてもらった地図を頼りに、そこに向かったのだった。
………………。
…………。
……。
老医師に診てもらったところ、幸いなことに、何の異常も無いとのことだった。
僕たちは浜辺に座り、美木が持参していた弁当で遅い昼食を取った。泳ぐ気には到底なれなかった。
「しかし……美木が溺れるなんてな。猿も木から落ちるのか」
「……あたしは猿じゃ無いよ……」
そう言って、弱々しく微笑んだ。
「いったいどうしたんだ? 冗談抜きで、ちょっと信じられない」
美木のスイマーとしての実力から言えば、まずあり得ない事態だろう。
「うん……あたしね……」
美木は唐揚げを口に放り込むと、微かに頷いた。
「その……ね。足がつっちゃって。……それに、耳の中に水が入ってきて……」
「ああ……あの波か」
耳に水が入ると、三半規管にまでそれが達することがある。すると方向感覚が全く失われ、上も下もわからなくなってしまうのだ。溺死に直結する、危険な状態と言えた。
「まあ……助かったんだから、良かった」
僕は、ツナサンドにかじりついた。
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