第1章

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 「分かんない……」  「そうか……」  「ただね、思い出しったっていうか、感じるの」  「何を?」  「あたしにとって、そのふたりは、どちらも大切な存在だってこと」  「ふうむ……」  二宮さんは明後日の方向を向くと、呟いた。  「三角関係……か?」  「…………」  その言葉は、あたしに心にずきんと響いた。  どうだったんだろう? そうかもしれないと思う。でも、そんな言葉じゃ、すくいきれない何かが、そこにはあったような気もする。  「分かんない……」  あたしは正直に言った。  気が付くと、酷く疲れていた。  「ごめん……あたし、ちょっと寝るよ……」  そう呟いて、ベッドに横になる。背中を向けると、スリッパが遠ざかっていった。  包帯が巻かれた手首がずきずきと疼いた……。  こう言っては不謹慎だが、僕は新鮮な気持ちを味わっていた。出会った頃の澄子が、そこに居たのだ。  澄子は、僕から少し離れた場所を歩いている。僕は、その横顔をじっと眺めた。  笑顔を忘れてしまったような、重苦しい表情。昔は、いつもそんな表情だった。あの頃、時折見せた笑顔がひどく眩しかった。  聞こえてくるのは足音だけ。  会話を伝える媒介物としての空気は、その出番のなさを嘆いている。  あの頃、時折交わす会話がひどく楽しかった。  ふっと、瞳がこちらに向けられた。何かにぶつかったように、すぐ弾かれてしまう。その何かとは、僕の視線だ。こちらを探るような仕草も、昔のままだった。  なるほどこれなら、美木が居なければ恋人同士になれなかったという推測も蓋然性が高い。確かに、こんなふたりなら、その距離を縮めるのは難しいかったに違いない。  あの頃を振り返ると、自分でも、ひねた子どもだったと思う。ひとつには、いじめられていた事もある。ひとつには、自堕落な母の姿がある。そして、僕自身にもそうした気質が備わっていたのだろう。  気が付けば僕は、立派なひねくれ者になっていた。そのひねりを徐々に解いていったのが、美木であり澄子だった。  (と言って、もちろん、完全にでな無いが)  僕に与えた影響を考える時、ふたりに出会えて、本当に良かったと思うのだった。  「澄子……」  「あ……」  僕は手を握った。  普段は腕を組んで歩くので、手を繋ぐのは珍しい。  澄子はやはり浮かない顔をしていた。
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