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そのまま、ふたり黙って歩く。
今のふたりの状態が、世間で言うところの喧嘩ならば、僕から譲歩したことになる。が、謝る訳にはいかない。当然だった。
美木と僕は、あくまで兄妹なのだ。
謝れば、認めてしまう事になる。それは不可能だった。
――美木は妹。
心中で、澄子にと言うよりは自分に、僕は言い聞かせた。
そろそろ分かれ道というところで、澄子はようやく口を開いた。
「あのね……聡人……」
「ん?」
澄子は僕から視線を逸らしながら言った。
「明日と明後日は、ちょっと会えないの」
「え? どうして?」
休日を一緒に過ごさないのは、ちょっと珍しい。
「その……本家の方でお葬式があって、どしても、手伝いに行かなくてはならないの」
「はあ……」
飛び出した時代錯誤な単語に、僕はちょっと驚いた。田舎だけあって、まだそんな関係が残っているのだろうか。
「なるほど。分かったよ」
「……美木ちゃんに、聡人からも謝っておいてね」
「……美木に? どうして?」
だが答える代わりに、寂しげに微笑んだだけだった。
「それと……」
澄子は胸に両手を置くと、深く呼吸した。そして、言った。
「今朝はごめんなさい……。私、ちょっとどうかしていたわ」
「……いや、いいんだよ」
と、見る間に澄子の瞼に涙が盛り上がってきた。
泣き顔が、僕の胸に落ち込んできた。
「私の事……嫌いにならないでね……」
囁き声が聞こえてきた。
僕は、安心させるように澄子の肩を叩いた。
そんな真似をしながら、僕は実にねっとりとした自己嫌悪を感じていた。
――澄子より、優位に立っている。
我ながら、反吐が出そうな考えだった。
僕は救いを求めるように、澄子のほっそりとした身体をきつく抱きしめた。
澄子と別れて、僕は商店街への道をもたくさん歩いていた。つま先で、何となく小石を蹴っている。
澄子に対する優位性に実感は、僕の心に巣くうガンと言えた。何度その除去を試みたか分からない。が、一度として成功しなかった。
僕は世間一般の恋愛というものを知らない。もしかすれば、そうした感覚は恋愛と表裏なのかもしれない。
“惚れたら負け”という言葉もある。けれど、僕は嫌だった。そして、嫌悪すべき人間である僕は、周到な逃げ道も用意していた。
――発ガン物質は何だ?
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