第1章

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 そのまま、ふたり黙って歩く。  今のふたりの状態が、世間で言うところの喧嘩ならば、僕から譲歩したことになる。が、謝る訳にはいかない。当然だった。  美木と僕は、あくまで兄妹なのだ。  謝れば、認めてしまう事になる。それは不可能だった。  ――美木は妹。  心中で、澄子にと言うよりは自分に、僕は言い聞かせた。  そろそろ分かれ道というところで、澄子はようやく口を開いた。  「あのね……聡人……」  「ん?」  澄子は僕から視線を逸らしながら言った。  「明日と明後日は、ちょっと会えないの」  「え? どうして?」  休日を一緒に過ごさないのは、ちょっと珍しい。  「その……本家の方でお葬式があって、どしても、手伝いに行かなくてはならないの」  「はあ……」  飛び出した時代錯誤な単語に、僕はちょっと驚いた。田舎だけあって、まだそんな関係が残っているのだろうか。  「なるほど。分かったよ」  「……美木ちゃんに、聡人からも謝っておいてね」  「……美木に? どうして?」  だが答える代わりに、寂しげに微笑んだだけだった。  「それと……」  澄子は胸に両手を置くと、深く呼吸した。そして、言った。  「今朝はごめんなさい……。私、ちょっとどうかしていたわ」  「……いや、いいんだよ」  と、見る間に澄子の瞼に涙が盛り上がってきた。  泣き顔が、僕の胸に落ち込んできた。  「私の事……嫌いにならないでね……」  囁き声が聞こえてきた。  僕は、安心させるように澄子の肩を叩いた。  そんな真似をしながら、僕は実にねっとりとした自己嫌悪を感じていた。  ――澄子より、優位に立っている。  我ながら、反吐が出そうな考えだった。  僕は救いを求めるように、澄子のほっそりとした身体をきつく抱きしめた。  澄子と別れて、僕は商店街への道をもたくさん歩いていた。つま先で、何となく小石を蹴っている。  澄子に対する優位性に実感は、僕の心に巣くうガンと言えた。何度その除去を試みたか分からない。が、一度として成功しなかった。  僕は世間一般の恋愛というものを知らない。もしかすれば、そうした感覚は恋愛と表裏なのかもしれない。  “惚れたら負け”という言葉もある。けれど、僕は嫌だった。そして、嫌悪すべき人間である僕は、周到な逃げ道も用意していた。  ――発ガン物質は何だ?  
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