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――それは、澄子の態度ではないのか?
一言で言えば、澄子は他の男など眼中に無かった。まだ丘先学園に通っていた頃、水泳部の連中から、何度と無く告白されたという。
マネージャーとは、部員にとっては特に美人に映るものなのだろうか?違う。澄子hじゃ実際にそうなのだ。
同じクラスからも違うクラスからも、恋人を志願する男は現れた。澄子は全て断った。
澄子にとっては、男ども恋愛感情の表白は、路傍の石ほどの価値の無かったらしい。時には、冷淡とすら思える態度で、それらを蹴り弾いていったのだ。
彼女の視界に中心には、常に僕が居た。僕だけを見ていた。そんな状況にあって、増長したのも無理からぬ事だ――片方の声がそう囁く。だが一方では、僕を指弾する声がある。そして僕は、後者が正しいと思う。正しくなければならないのだ。
「あ……」
つま先の虜だった小石が、どこかへ飛んでいってしまった。
「ふう……」
深い吐息が漏れた。
部屋に戻るとすぐに、美木がやって来た。
「ちょうど良かった。お前に言うことがあったんだ」
「あたしが先でいい? あたしも、用があって来たんだよ」
「ああ、まあいいけど」
「うん」
美木はすたすたと歩いてくると、僕のお腹の辺りをくすぐった。
――癖。
「あのね――」
「あ、ちょっと待った」
手で押しとどめると、美木は不思議そうな顔をした。
「ん?」
「お前な……」
僕は、まだお腹をまさぐっている手を掴もうとした。
「あ――」
「…………?」
僕はそっと手首を掴んだ。ガラス細工を扱うように、そっと。何故か、無造作に力を込める事がためらわれたのだ。
「どうか……した?」
美木は訝しげに、手元に視線を落としている。
「いや……」
同じように視線を落とす。美木の手首は、とても細かった。
「いや……」
もう一度呟き、僕は手を離した。やって来た時と同じように、違和感は唐突に去っていった。
「…………」
美木は、何かを探るように目つきで、僕の瞳を凝視している。僕は空咳をして言った。
「だからな、その癖だよ」
「え?」
「この際だから言っておくけど。あんまり、人の身体に触っちゃだめだろ」
「え? 何で?」
美木は細めていた目を、一転して見開いた。
「何でって……」
澄子が嫌がるからだ、などとは言えない。
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