第1章

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 「そういう……もんだろ?」  「そうなの?」  あくまで屈託無く問い返してくる。僕は返答に窮した。  「それが、世間の常識ってヤツ?」  「……そう。そうだよ。それが、常識なんだ」  「いいじゃん、別に。常識なんてどうだって。あたし達がそれで良ければさ」  美木はころころと笑った。  「で、あたしの話なんだけど――」  「ま、待った!」  慌てて言葉を遮る。美木は不満そうに唇を突き出した。  「なぁによ?」  「良く……無いんだよ」  「何が?」  「だから、身体を触ることが」  「…………」  美木は再び目を細めると、凝然と見遣ってきた。  「お兄ちゃん、もしかして……嫌?」  「あ……」  「ホントに嫌だって言うなら、止めるけど?」  「…………」  言葉というのが、これ程までの重量を持っているとは知らなかった。  なかなか動かないそれを、何とか口に外に押し出そうとする。  「お兄ちゃん?」  美木が促してくる。  岩のような言葉に、満身の力を込めた。  「……別に、嫌じゃないさ」  (あ――)  それは、言いたかった言葉とは、まるで正反対のものだった。  「そ……ならいいよね」  美木はふっと表情を緩めた。  「あ……ああ……」  内心の動揺を悟られまいとして、顔を伏せる。  ――どして、言うべき言葉を言えない?  「じゃ、あたしの方の話だけど」  美木は僕の手をぎゅっと握ってきた。  「お兄ちゃん、金、土、暇だよね?」  「え?」  「明日と明後日、海に行こ?」  「…………」  唐突な提案に、まじまじと美木の顔を見返した。  「明日と……明後日?」  「そ。澄子お姉ちゃんにも電話したんだけどね。なんか。お葬式があるから無理だって」  「…………」  なるほど、そういうことか。  「しかし……ずいぶん急だな」  「思い立ったら、すぐ行動だよ。もう、泊まる所も予約済みだよ」  僕は苦笑いした。  「もし、用事が入っていたらどうするつもりだったんだ?」  「それは平気だよ」  美木は得意そうに笑った。  「どうして?」  「だってさ……澄子お姉ちゃんも一緒に誘うつもりだったから」  何と言えばいいのか、よく分からなかった。  「じゃ、そういう事だから。用意しておいてね」  そう言って、僕の手を離した。
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