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「そういう……もんだろ?」
「そうなの?」
あくまで屈託無く問い返してくる。僕は返答に窮した。
「それが、世間の常識ってヤツ?」
「……そう。そうだよ。それが、常識なんだ」
「いいじゃん、別に。常識なんてどうだって。あたし達がそれで良ければさ」
美木はころころと笑った。
「で、あたしの話なんだけど――」
「ま、待った!」
慌てて言葉を遮る。美木は不満そうに唇を突き出した。
「なぁによ?」
「良く……無いんだよ」
「何が?」
「だから、身体を触ることが」
「…………」
美木は再び目を細めると、凝然と見遣ってきた。
「お兄ちゃん、もしかして……嫌?」
「あ……」
「ホントに嫌だって言うなら、止めるけど?」
「…………」
言葉というのが、これ程までの重量を持っているとは知らなかった。
なかなか動かないそれを、何とか口に外に押し出そうとする。
「お兄ちゃん?」
美木が促してくる。
岩のような言葉に、満身の力を込めた。
「……別に、嫌じゃないさ」
(あ――)
それは、言いたかった言葉とは、まるで正反対のものだった。
「そ……ならいいよね」
美木はふっと表情を緩めた。
「あ……ああ……」
内心の動揺を悟られまいとして、顔を伏せる。
――どして、言うべき言葉を言えない?
「じゃ、あたしの方の話だけど」
美木は僕の手をぎゅっと握ってきた。
「お兄ちゃん、金、土、暇だよね?」
「え?」
「明日と明後日、海に行こ?」
「…………」
唐突な提案に、まじまじと美木の顔を見返した。
「明日と……明後日?」
「そ。澄子お姉ちゃんにも電話したんだけどね。なんか。お葬式があるから無理だって」
「…………」
なるほど、そういうことか。
「しかし……ずいぶん急だな」
「思い立ったら、すぐ行動だよ。もう、泊まる所も予約済みだよ」
僕は苦笑いした。
「もし、用事が入っていたらどうするつもりだったんだ?」
「それは平気だよ」
美木は得意そうに笑った。
「どうして?」
「だってさ……澄子お姉ちゃんも一緒に誘うつもりだったから」
何と言えばいいのか、よく分からなかった。
「じゃ、そういう事だから。用意しておいてね」
そう言って、僕の手を離した。
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