第1章

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 「あ、待った。そのスケジュールじゃ、俺はカウンセリングに行けないじゃないか」  土曜日に帰ってくるのでは、時間に間に合わない。先週はまともなカウンセリングを受けられなかったのだ。今週は何としてでも行きたい。  「うん、分かってる。あたしから、啓太兄ちゃんに言っておいたよ。明日でもいいですかって」  「……ほんとか?」  あまりの周到ぶりに、呆れる思いだった。  「いいって言ったのか?」  「うん。九時に来てくれだって」  「そうか」  「じゃ、そういうことだから」  僕に背を向け、ドアへと歩いた。と、その歩が止まる。顔の半分をこちらに覗かせて、美木は言った。  「澄子お姉ちゃん……可哀相だね」  「え……?」  棒を飲み込んだように、身体が硬直した。  「それは……?」  美木の顔が、完全にあちらに向いた。  「……海のことだよ」  ――ばたん  ドアの音。  膝が萎えたようになって、ベッドにへたり込んだ。  部屋の隅に転がっている紙袋に目を遣った。さっき買ってきた物が、そこに入っている。数個の目覚まし時計。  ――あれで目覚める日が、果たして来るのだろうか?  相変わらずの起床を経て、僕は病院へと向かっていた。  (僕は……駄目だなあ……)  どうして、妹より恋人を優先できない?つい最近、自分が澄子を愛していると再確認したばかりだというのに。  心の中に、絡まった糸のようなもやもやがある。カウンセリングの際、それを繭のように吐き出せば、終わった時には、僕は生まれ変わっているだろうか?  入り口にウインドウから中を覗くと、相変わらず人でごった返していた。なるほど、だから僕は裕福な暮らしが出来るのだろう。  予約機に診察券を入れた。美木が言ったとおり、確かに予約済みだった。10分ほど経って、僕はカウンセリングルームに招じ入れられた。  「おはようございます」  溝口さんは椅子から立ち上がった。  「おはよう。どうぞ、座ってください」  椅子を指し示す。  親しい仲ではあるが、一応の礼儀だった。  「すいません、急に予約入れて……」  椅子に座りながら頭を下げる。  「いや、別にいいんだ」  溝口さんはにこやかに笑った。  僕が、院長に息子だからだろうか? そう思ったが、口には出さないでおいた。  20分ほどは、たわいの無い雑談で過ごした。
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