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その間に気持ちを落ち着かせ、僕は今日の本題に入った。
「先生……」
カウンセリングの最中は、そういう風に呼ぶ。
「うん?」
溝口さんは短く相づちを打った。僕は呼びかけたものの、次に言葉を発することが出来ない。溝口さんも先を促すことはせず、数分、沈黙のままに過ごした。
「僕は……自分が恥ずかしくて……」
また沈黙。
カウンセラーは、あくまで相談者の話を聞くことが仕事なので、余計な口はきかない。以前、溝口さんはそう言った。
「その……僕の妹に、美木が居るでしょう」
「うん」
「その……本当に恥知らずなんですけど」
僕はひとつ深呼吸をしてから言った。
「美木を……妹を意識しているようなんです。……その、ひとりの女性として」
「……うん」
軽く頷いた。相談者の中には、視線を嫌がる人も居るので、溝口さんの目は僕のそれを捉えていない。その視線は、テーブルの上の僕の手――指輪に注がれているようだった。
「そういった感情を、君は確かに感じるの?」
「……ええ、多分」
「君は、そのことをどう思っているのかな?」
「恥ずかしい事と……思います」
「うん」
「自己嫌悪を感じるんです」
「自己嫌悪か……うん」
そのまままた、数分の沈黙が流れた。
「先生……」
僕はぽつっと呟いた。
「僕は、どうすればいいんでしょう……?」
「……君は、どうしたいのかな?」
「…………」
どうしたい……か。
そう。どうするかは、僕が決めなければならない。カウンセラーは導師では無いのだ。カウンセリングは宗教じゃない。答えを教える事は出来ない――それも、溝口さんの言葉だった。
「僕は……馬鹿な真似はしたくない」
「うん」
「これまで通りでいたい……そう思います」
「うん」
「…………」
「…………」
僕は思い切って言った。
「夢を見たんです」
「夢?」
「美木とその……」
僕はとうとうその言葉を口にした。
「…………」
溝口さんのポーカーフェイスに、変化が生じた。さすがに、驚いたのだろうか?
「これは……僕の願望なのでしょうか?」
「夢はね……聡人くん」
「はい」
「分からない事が多いんだ」
「分からない……」
「例えば、房総半島で汲んだ水が、七つの海の水質の基準になるだろうか?」
「…………」
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