第1章

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 その間に気持ちを落ち着かせ、僕は今日の本題に入った。  「先生……」  カウンセリングの最中は、そういう風に呼ぶ。  「うん?」  溝口さんは短く相づちを打った。僕は呼びかけたものの、次に言葉を発することが出来ない。溝口さんも先を促すことはせず、数分、沈黙のままに過ごした。  「僕は……自分が恥ずかしくて……」  また沈黙。  カウンセラーは、あくまで相談者の話を聞くことが仕事なので、余計な口はきかない。以前、溝口さんはそう言った。  「その……僕の妹に、美木が居るでしょう」  「うん」  「その……本当に恥知らずなんですけど」  僕はひとつ深呼吸をしてから言った。  「美木を……妹を意識しているようなんです。……その、ひとりの女性として」  「……うん」  軽く頷いた。相談者の中には、視線を嫌がる人も居るので、溝口さんの目は僕のそれを捉えていない。その視線は、テーブルの上の僕の手――指輪に注がれているようだった。  「そういった感情を、君は確かに感じるの?」  「……ええ、多分」  「君は、そのことをどう思っているのかな?」  「恥ずかしい事と……思います」  「うん」  「自己嫌悪を感じるんです」  「自己嫌悪か……うん」  そのまままた、数分の沈黙が流れた。  「先生……」  僕はぽつっと呟いた。  「僕は、どうすればいいんでしょう……?」  「……君は、どうしたいのかな?」  「…………」  どうしたい……か。  そう。どうするかは、僕が決めなければならない。カウンセラーは導師では無いのだ。カウンセリングは宗教じゃない。答えを教える事は出来ない――それも、溝口さんの言葉だった。  「僕は……馬鹿な真似はしたくない」  「うん」  「これまで通りでいたい……そう思います」  「うん」  「…………」  「…………」  僕は思い切って言った。  「夢を見たんです」  「夢?」  「美木とその……」  僕はとうとうその言葉を口にした。  「…………」  溝口さんのポーカーフェイスに、変化が生じた。さすがに、驚いたのだろうか?  「これは……僕の願望なのでしょうか?」  「夢はね……聡人くん」  「はい」  「分からない事が多いんだ」  「分からない……」  「例えば、房総半島で汲んだ水が、七つの海の水質の基準になるだろうか?」  「…………」
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