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檜は顔を上げ、教壇に立つ幸子を真顔で見つめた。
彼と目が合うなり幸子は驚いた様子で息をのむ。
若干眉をひそめた彼女を見て、檜はしたり顔で笑ってみせた。
「すいません、ちょっと眠くて」
「え…、あ。…そう」
「それと読み方。合ってるから」
「そう。あ、ありがとう」
幸子は動揺しながらも努めて笑顔を作った。
印象的なその顔を忘れる事はなく。
数日前、交差点で出会った男が檜だと気付いたのだ。
檜は頬杖をつき、素知らぬ顔で出席を取る幸子を眺めた。
(…あの反応はちゃんと覚えてる。後で話すのが楽しみだな)
そう思うと窓際に目を向け、満足そうに薄く笑った。
*
「檜~っ」
午前授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、背後から声が掛かる。
帰り支度を済ませ振り返る。
奈々だ。
「ん…? どした?」
鞄の紐を肩に掛け、檜はにっこりと笑いかけた。
「…今日さ。一緒に帰ろ…?」
両手で彼の腕を持ち、上目遣いに見つめる瞳。
その仕草はまるで猫の様だ。
檜が表情を変えず寡黙に見詰めていると、奈々は僅かに頬を染めた。
「…奈々。今日大丈夫な日、なんだよね…」
「…。そうなんだ…?」
「ウン…」
(ウン…って言われてもなぁ…)
檜は内心で呟いた。
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