1.偶然

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檜は顔を上げ、教壇に立つ幸子を真顔で見つめた。 彼と目が合うなり幸子は驚いた様子で息をのむ。 若干眉をひそめた彼女を見て、檜はしたり顔で笑ってみせた。 「すいません、ちょっと眠くて」 「え…、あ。…そう」 「それと読み方。合ってるから」 「そう。あ、ありがとう」 幸子は動揺しながらも努めて笑顔を作った。 印象的なその顔を忘れる事はなく。 数日前、交差点で出会った男が檜だと気付いたのだ。 檜は頬杖をつき、素知らぬ顔で出席を取る幸子を眺めた。 (…あの反応はちゃんと覚えてる。後で話すのが楽しみだな) そう思うと窓際に目を向け、満足そうに薄く笑った。  * 「檜~っ」 午前授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、背後から声が掛かる。 帰り支度を済ませ振り返る。 奈々だ。 「ん…? どした?」 鞄の紐を肩に掛け、檜はにっこりと笑いかけた。 「…今日さ。一緒に帰ろ…?」 両手で彼の腕を持ち、上目遣いに見つめる瞳。 その仕草はまるで猫の様だ。 檜が表情を変えず寡黙に見詰めていると、奈々は僅かに頬を染めた。 「…奈々。今日大丈夫な日、なんだよね…」 「…。そうなんだ…?」 「ウン…」 (ウン…って言われてもなぁ…) 檜は内心で呟いた。
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