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男は小学生の頃に父親を事故で亡くしていた。
母親が働きに出ねばならず、1人家で留守番をする日々。
だからか父の弟夫妻が、気にかけて頻繁に彼の家を訪ねていた。
当時まだ幼い娘を連れて。
その家庭事情故に、人並みに反抗期を迎えることすら出来ずにいた。
留守を守るのが使命とでも思い込んだか、必要以上には外へも出ようとしなかった少年の淋しさを埋めてくれたのがその人達だ。
明るく優しい人達だった。
そして何よりも、愛情に溢れていた。
少年は叔父を兄の様に、その妻を姉の様に慕い、そして幼い従妹は本当の妹の様に慈しんだ。
彼らは娘に天使と名付けていた。
エンジェル、にかけて、杏樹。
幼い従妹はまさに、周囲に幸せをふりまく天使だった。
「あんじゅ、おおきくなったらパパのおよめさんになるー」
嬉しそうに、だらしなく顔を緩ませながら、けれど叔父はそれを柔らかく否定する。
「それは無理だよ杏樹、パパにはママがいるからね」
「そうよー杏樹。パパのお嫁さんは、ママがとっぴー」
「ずるいー」と口を尖らせる杏樹を、母親は優しく抱き上げて宥めた。
とても綺麗な人だった。
優しくて、温かくて。
強く憧れていた。
けれどそれは、その夫婦の固い絆と深い愛情の結び付きを目の当たりにしていたからでもある。
入り込む余地などない。
とても敵わない。
分かっていて、だから尚更、強く惹かれていた――。
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