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「いいよ、どこ連れてってくれるの?」
誘いに乗る気になったのは、男が笑った瞬間、ひっかかっていた記憶に思い当たったからだ。
単純計算で年齢は合致しない。
故に、他人の空似であろうことは理解したつもりだ。
だから多分直前にあんなことがあってイライラしてさえいなければ、そんな気持ちは起こらなかっただろうと思う。
「近くにいい店あるけど」
と、片手でグラスを傾けるジェスチャーをしながら男は言った。
「あー。回りくどいのいらないから、真っ直ぐホテル行こう」
――復讐、したくなっていた。
その男が別人であることくらい、分かっていたのに。
男は少し驚いたような顔をした。
声をかけたのすら挨拶程度の感覚で、はじめからそんな気はなかったのかも知れない。
戸惑ったような沈黙の後に、それでもその気になったらしい男は誘導するように歩き出した。
「こういう日だから、雰囲気あるとこは期待しないでね」
今度は驚くのはこっちの番だった。
行きずりの女を連れ込むのだ、場末のラブホテルで十分だろうに。
「ベイエリアは予約で埋まってるだろうな」
呟きながら、男はスマホを操った。
周辺情報でも調べているらしくて、この流れにそぐわない妙に生真面目な気遣いが可笑しかった。
よく似ている。
ただそれだけで、私はこの苛立ちのはけ口に利用しようとしているのに。
指輪はしていないから独り者なのだろうが、見目は良く女に困っていそうでもない。
もしかしたらナンパも初めから冗談で、ただ付き合いの良い世話焼きなのかも知れなかった。
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