14人が本棚に入れています
本棚に追加
1、灯りのないレストラン
雪どけの大地は北風にもそよがず、堂々と陽光に照らされていた。
人気のない通り道、遠く後方に置いてきた、湿気によってぐにゃぐにゃとひしゃげた段ボール箱を思いつつも、獣は道を進む。
泥に汚れ、蠢くぼろ雑巾のように見える獣は、その見た目から峻厳(しゅんげん)たる人生を送ってきたに違いない。
黒い体毛に包まれたそれは、猫と呼ばれる生物であった。
元飼い主の名前も思い出せず、自分の名はなんだったかなあと、塗りつぶされたような青い空を見上げていると、霜のきらめく道に影がかかる。
振り返らずとも、背後には大きな気配が感じてとれた。
「あなた、捨てられたの?」
女性の声だった。
また人間なのか、と猫は口の周りをなめる。
逃げ出したかったが、そんな体力も残っていなく、その小さな黒い体はひょいと持ち上げられてしまった。
「今日から君は私の家族」
齢十六ほどの女性は、笑った。
猫は、ないた。
最初のコメントを投稿しよう!