どん底

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「そうだ、そうだ、それがいい。最近、杏樹の周りには人が多すぎるからなぁ。なかなか満足できなかったんだ。そうだな。手始めに…」 おもむろに会長は立ち上がり、こちらに手を伸ばしてくる。 「杏樹、部屋まで一緒に手を繋げ。」 杏樹、と呼ばれるのにここまで嫌悪感があると思わなかった。 気持ち悪い。会長も得体が知れない。気味が悪い。 俺のことを嫌ってるはずなのに、まるで好きな人を見るような目で俺を見る。いや、俺を通して杏樹を見てるのか?どちらにせよ、嫌いな相手と好きな人を重ねられるなんて理解できない。 それでも俺には選択権はない。ただ、従順に会長に従うしかなかった。 会長はやっぱり杏樹がいいんだね。 隣にいる俺のことなんてカケラも考えてない。 杏樹だからこそ、あんな優しい目で見るんだ。 俺のときはあんなに冷たい目なのに。 どうして、みんな杏樹なの…? 少し前までは、俺たち仲間じゃなかったの…? もう、俺自身には何の価値もないの? ねえ、会長。俺たちなんでこんなっちゃったんだろうね。 虚しい気持ちで会長についていく。 それでも、目の前にいられるより、横にいられる方がまだ恐怖心は薄れた。 ただ、手を繋ぐのは怖い。恐る恐る、会長の手に手を伸ばす。 「いつまで待たせんだ。」 そういって会長はぐいっと俺の手を握る。 一瞬、身体が強張った。 でも…会長の手が意外と優しくて温かくて、少し緊張がゆるんだ。 それでも、心には大きな虚無感が襲っていた。
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