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鯉のぼりが立ち並び、ゆらゆらと泳ぐ姿に、目を細めると、色とりどりの幟が見えた。
環は視力が悪いものの、普段は車の運転時に眼鏡を使用しているだけだった。
コンタクトは体質に合わない。
それに、見えすぎると余計なモノまで見えてしまう。
薄っすら遠くがぼやけて見えるぐらいがちょうど良かった。
それでも、ここ最近はどんなに人が多くとも彼を見つけてしまう。
鯉のぼりを見ていたはずの彼女の視界に映るのは、龍二だった。
紺色のスーツをきっちり着こなし、設計図が入っているであろう筒と、黒のビジネスバッグ。
(あぁ、鯉のぼりって、鯉が龍になりたいかなんかだったよね。この時期に産まれたから、龍にしたのかな。)
ボーッとそんな風に考えていると、不意に龍二がこちらを向き、遠い距離のまま視線が絡む。
周りの音や人は消え去り、白い空間にふたりしか存在しないかのように感じた。
まっすぐに伸びた視線は、何かを伝えるかのようだった。
それは数秒か数分か。
伝えたいことは山ほどあると言うのに、伝えることなど不可能で…。
尋ねたくとも、尋ねられない…。
弾け飛ぶように世界は元通りの時を刻む。
TRRR...
内線電話の音で環は条件反射的に対応しながら、再度龍二を見やると、もうそこには彼の姿はなかった。
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