華月詩歌

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 もう一度会えるならば、どんな苦労も厭わない。  けれどそれだけの自由すらない、私だから。  叶うのならば。  あの日に帰って、友の自由を取り戻したい。  掛け替えのない、友の。  周りの者は皆、この日を待ちわびていた。今日の主役とは、全く違う理由で。  ただひとりが、誰の想像にも浮かばない理由で、指を折るようにして望んでいた。  やっと会えると。  しかしどうすればよいのかと。  合わせる顔などないのだから。 「志貴~おめでと~う」  気の抜けるような声を掛けられ、ふっと眉間が楽になった。ずっと力を込めて、皺を寄せていたのだと気が付いただろう。 「ああ。取り敢えずは安心した」 「ふふっ……ボクたちの計画もまた、一歩前進だね」  せっかく、帝、内大臣、左大臣の座に幼い頃からの知己が揃う予定なのだから、なんの確執も権力争いもない世を築こうと約束したのだ。  切れ長の一重瞼が印象的なこの男は、現左大臣の嫡子・涼月銀嶺(すずつきぎんれい)。そしてスイゼイがずっと見てきたのは、今上帝(きんじょうてい)正妻腹の親王(しんのう)志貴(しき)。  志貴は先程に元服を済ませたばかりの十六歳で、朝廷中の注目を集めるのはその恵まれた境遇に遜色のない文武の冴えと、心奪われる、類稀なる容貌。  ……スイゼイは別に。人間の顔に、興味などない。  それより、志貴が頻りに祝辞に遭うのは、元服と同時に春宮(とうぐう)宣下を受けたからだ。  春宮とは、次代の帝の地位を約束された者、ということ。幸せな、何の不自由もしない未来を約束された者。  ……壊したい。全部、バラバラに。 「綏靖(すいぜい)……また、見ているのかい? 飽きないね、お前は」  動揺をした。  別世界みたいに軽い音を立てて、水鏡の波紋が志貴の姿を消した。 「駄目だよ。志貴は、私のものだ」  背筋に走る長い骨の下から上へ、冷気を感じた。心地良いと、噛みしめるスイゼイの頚もとに触れられた。 「なぜ。スイゼイの心を知っているのに」  酷く、意地の悪いことを。言葉よりももっと、目の前にある微笑みが。  こうして自分の生まれた世を、鏡を通してしか眺められないスイゼイが見下ろすのは、平安と名の付いた(みやこ)。  碁盤の目を敷いたように整頓された路地の真ん中を太く、朱雀大路が走る先は、帝の住まう場所。 …… ※言葉遣いについて 登場人物たちは現在でいう京都の人達が大多数ですが、京ことばも公家言葉も遣いません。 ※今上帝 今在位にある帝。 ※元服 現代でいう成人式。 ※親王 親王宣下を受けた男子の皇族。 ※春宮 東宮とも書きます。大和和紀先生リスペクトで春宮と書いてます。
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