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部屋までの道のりが、驚くほど長く感じた。
身体が水に濡れたように重く、
私は熱っぽさに朦朧としながら、彼に食事を運ぶ。
やっと辿り着いたと思って安堵の息をついたが、
扉を開けた際に強い目眩が襲い、ふらついた私の手からトレイは滑り落ちて。
毒入りの煮魚が、辺り一面に散らばってしまう。
「ああ……ごめんね……」
少年は、私が落としたものをせっせと皿の上に拾い集めてゆく。
私はその光景を、壁にもたれて静かに眺めていた。
「別の食事、持って来るから……」
声を掛けると、彼はふるふると首を横に振る。
別に、落ちようが踏み潰されようが構わない、というふうに、
動じた様子もなく、その食事をかき集め、食べ始める。
全く、良い食べっぷりだ。
今日の食事には、毒消しは仕込んでいないのにーー。
「今日はきみに、お願いしたいことがあるんだけど、だめかな」
立ちくらみが収まってきたので、私はゆっくりと身体を起こした。
すると、少年は私より先に出口へ向かい、扉を開けて部屋を出る。
「よく解ったね。そうだよ、外に用があるんだ」
少し前から、この部屋には鍵をかけていなかった。
外に出すにも、少年に首輪をつける必要は無く、足枷をつける必要も無い。
彼は未だ、何も喋らないけれど、
私には懐いているし、これと言って反抗的な態度を取ることも無いのだ。
少年を従えて細い廊下を進み、狭い階段を上がる。
彼にとっては、久しぶりに立つ、地上。
素晴らしく良い天気の日差しの中で、
広い中庭には、仔猫のような姿が一匹。
それは風に揺れる雑草にじゃれついて、飛んだり跳ねたり転がったりしている。
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