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「……ムシュフシュ、この子はハロという名だよ。これからはハロが、お前を散歩させたり、ご飯をくれたりするんだ」
私の口元についた血をぺろぺろと舐めていたムシュフシュは、
世話役の後任がハロであることに不満を感じたのか、腕の中で暴れ始め、
みゃーみゃーと鳴きながら鋭い爪を立てて、小さな牙で噛み付いてくる。
「ハロ、ムシュフシュには毒があるし、基本的にものすごく凶暴だけれど、付き合ってみれば、それなりに良いところもあるんだよ」
私はムシュフシュの首根っこを摘み、ハロの目の前に、ぶらん、と吊り下げた。
嫌がるムシュフシュが振り上げたサソリの尾が、手首のあたりに突き刺さる。
私の痛覚はかなり鈍くなってしまっているし、慣れたものだけど、やっぱりちょっと痛いな。
「この子はね、意外かもしれないけど、背中に乗ってもらうのが大好きなんだ」
触ってみなよ、と言って彼に差し出すと、
首を傾げた彼は、小さなムシュフシュの首を力強く掴み取り、
べしっ、と音がするほど強く地面に叩きつけると、言われた通りに、その背中へ跨がる。
なかなか良い判断だ。
自分の方が上位であると、初期に教え込むのは大切なことだものね。
むぎゅっ、と潰されて、ムシュフシュはまた、みゃーみゃーと煩く鳴き出した。
バサバサと蝶の羽根を羽ばたかせ、
みるみるうちに巨大化してゆくムシュフシュの身体から、蛍光グリーンに輝く鱗粉が舞い散る。
「……げほっ、ごほ……っぐ、ぅうっ……」
私はまた、その毒粉を吸って大きく咳き込んだ。
人間などひと噛みで殺せる大きさまで膨らんだムシュフシュの口から、
伸ばされた長い舌が、血に塗れた私の身体を、べろべろと美味しそうに舐める。
「……よかった、どうやら、きみたちは仲良くやれそうだね」
ムシュフシュの背に乗った少年ーー、
いや、もう、ハロという名前を教えてもらったんだっけ。
彼は蛍光グリーンの粉塵が立ち込めた毒霧の中で、
とても穏やかな顔をして、血だまりの中に崩れ落ちてゆく私の姿を見下ろしていた。
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