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楠木の背後からかけられたまだ幼い少女の声。
びくっと肩を振るわせて振り返ると、白いワンピースを着た素足の少女が楠木を見ていた。黒髪黒目の日本人。近くに住んでいる子供なのだろうか。
だが楠木は、そこに一つの違和感を持つ。
「ねえ、お兄ちゃん。何をやめてほしいの?」
鈴を転がすような声。
病的なほどに白い肌。
それでも、まだ決定打にはなりえない。
楠木は首を振って、少女をなだめるように微笑んだ。
「ごめん、心配しなくても大丈夫だよ」
少女はふるりと首を振った。
「何を、やめてほしいの?」
頭上を小鳥が通り過ぎて行った。見なくともわかる。足元に影がさっと落ちたからだ。
その瞬間、楠木は違和感の正体を知った。
この少女には、影がない。
瞬きしてもう一度少女を見ようとしたその一瞬で、少女は楠木の前から消え去っていた。
ありえない。
楠木は確信する。
少女が人外であることを。
「違うよお兄ちゃん、わたしはここ」
声はすぐそばから聞こえていたのに、楠木は上を見上げていた。
空に伸びる送電塔。
たくさんの電線につながれたその姿はまるで、さらし者にされる罪人。
頂に腰掛け、楠木に手を振るのは先ほどの少女。
その髪が真っ白になっていることに、驚きを覚えるも恐怖は感じない。
人外であると知ったからには、それが当然だという気もしてくるものだ。
楠木はその場から動けなかった。
足がかたまって動かないのはもちろん、視線すら少女からそらせない。
声も出せない楠木の視線の先、少女が空を見て、いつの間にか立ち込めていた雲を見て、そうっと腕を上げて指差した。
視界を埋める真っ白な光。間髪いれず耳をつんざく、破壊音が雷鳴だと気付いたのはどの時だったろう。
光に飲まれて何も見えないまま、楠木の記憶はそこで途切れた。
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