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「俺に力をください」
必死に祈った。
試合まであと三日。
減量はうまく行っている。対戦相手はスピードのあるアウトボクサーだが、その対策も講じている。
しかし、それでもこうして鳥居を潜り、神頼みになるのは絶対に負けられない理由があるから。
父親を早くに亡くした俺を母親が身一つで育ててくれた。
しかし、よくある話で俺は学校でも問題児扱いの乱暴者だった。
喧嘩では負け無し、些か天狗になりかけていた頃、俺をボクシングの世界に拾い上げてくれた恩師、麻生会長に出会い、俺は生まれ変わった。
ボクシングに打ち込む俺の姿に母親は涙を流して喜んでいた。
プロテストに受かり、着実に階級を上げていく俺を誇らしくすら思ってくれていた。
そしてついに、日本の頂点に手が届く。
そんな最中に発覚した母親の病気…膵臓癌。見つかった時には既に手遅れで助かる見込みすらなかった。
人生最期に息子の晴れ姿を見せてあげたい。
チャンピオンベルトを巻いた息子の姿を。
しかし、実際のところ相手は一段格上だ。いつもは自信たっぷりに試合前に俺の勝ちを吹聴する会長も今回は寡黙だった。
正直、勝てる見込みは一割か二割…俺の得意なインファイトの打ち合いに持ち込めるか否か…だ。
「俺に力をください」
俺は必死に祈った。
そのとき、声が聴こえた。
「望みの力をやろう…その代わりに我が望みも叶えてもらうぞ」
声は頭の中に直接語りかけてくる人ならざる声だった。
禍々しい声…しかし…俺は声に応えた。
試合はミラクルの連続だった。チャンピオンはいつも以上のキレた動きを見せたが、それ以上に俺の動きは良かった。
試合は乱打戦となり、何度か意識を飛ばされそうになりながらも俺は勝利を納めた。
母親は病院のテレビに映された息子の姿に涙しながら歓喜し、その僅か三十分後に生涯を終えた。
俺は再びあの神社に行った。
「おかげで勝つことができた。さぁ何が望みだ?」
俺の問いかけに声が応えた。しかし、あまりにも歯切れの悪い様子で。
「俺はここに住む狐だ…俺は…何もやってない…お前が真に受けて調子に乗って無様に負ける様を楽しもうと思っただけだ…」「そうか、でも約束だ。何か望みは?」
「もういい…そっとしといてくれ…」
「判った。望み通りにしよう」
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