90(続き)

10/11
前へ
/11ページ
次へ
 この距離はなんだろう。サイコの顔が実物大に見える。サイコのおおきな瞳に驚いた顔をした自分の顔が映(うつ)っていた。唇がふれる。なぜ女の唇はこれほど熱くて柔らかいのだろう。そのまま永遠とも思える数秒が流れた。リップクリームのせいで、離れがたいようにふたつの唇が粘(ねば)りついた。  サイコが涙目でいった。 「……タツオが……ずっと、好きだった」  ヘイ、ピッチャー、カモン。グラウンドから野球部下級生の声援が響いた。サイコが必死の形相(ぎょうそう)でいう。 「わたしが知っている限りの『呑龍』の秘密を、タツオの教えてあげる。だから、お兄ちゃんに負けないで。お願いだから」  タツオは手を伸ばし、人さし指の先でサイコの柔らかな唇を封じた。 「気もちだけもらっておく。『呑龍』は自分の力でなんとかするから」  サイコの目が輝いた。 「それでこそタツオだよ。がんばって、本選はうちの班全員で応援にいくからね」  美少女はさっと短いスカートの裾を翻(ひるがえ)して、物干し台を駆(か)けていく。階段の降り口で振り返るといった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

318人が本棚に入れています
本棚に追加