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この距離はなんだろう。サイコの顔が実物大に見える。サイコのおおきな瞳に驚いた顔をした自分の顔が映(うつ)っていた。唇がふれる。なぜ女の唇はこれほど熱くて柔らかいのだろう。そのまま永遠とも思える数秒が流れた。リップクリームのせいで、離れがたいようにふたつの唇が粘(ねば)りついた。
サイコが涙目でいった。
「……タツオが……ずっと、好きだった」
ヘイ、ピッチャー、カモン。グラウンドから野球部下級生の声援が響いた。サイコが必死の形相(ぎょうそう)でいう。
「わたしが知っている限りの『呑龍』の秘密を、タツオの教えてあげる。だから、お兄ちゃんに負けないで。お願いだから」
タツオは手を伸ばし、人さし指の先でサイコの柔らかな唇を封じた。
「気もちだけもらっておく。『呑龍』は自分の力でなんとかするから」
サイコの目が輝いた。
「それでこそタツオだよ。がんばって、本選はうちの班全員で応援にいくからね」
美少女はさっと短いスカートの裾を翻(ひるがえ)して、物干し台を駆(か)けていく。階段の降り口で振り返るといった。
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