第1章

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 幼い頃の記憶は微かにしかない。気が付いたら養護施設に居た僕は、あの不自然に髪を巻いた20歳くらいのお姉さんに言われた言葉を、まだ忘れていなかった。かつん、とヒールの音が脳裏にこだまする。そして、ハスキーな嗄れた声でこう言うのだ。  「あなたね、自分のお母さんを殺したのよ」  朝から嫌な夢を見てしまった。僕らしくないな、と自分に自分で苦笑いする。一人暮らしを始めてもう3年にもなるのに、この夢を見た後は決まって誰かに側に居て欲しいと思ってしまう。駄目だ駄目だと自分に言い聞かせ、頬をぱちんと叩いた。  僕は藍島歩(あいじま あゆむ)という至って平凡な男子高校生だ。前述したとおり、実の母親を殺害した事以外は。少年法というのは便利なもので、当時10にも満たなかった僕は保護されて適当なカウンセリングを受けて、今はこうして世の中に放流されている。こんな犯罪者がのうのうと高校という青春を謳歌している、この国ももう末だ。  ゆっくり起き上がって洗面台に向かう。鏡にはボサボサの黒髪の、スウェットを着た寝起きの男子が写っていた。鏡の中の真っ赤に腫れた目と目が合う。今日も1日がんばるぞい! と気合いを入れて、僕はキンキンに冷えた冷水で顔を洗い、激辛の歯磨き粉をたっぷり塗った歯ブラシを口に入れた。  せっかく世の中に出られたのだから、青春しなきゃ意味がない。僕が母親を殺したことは、学校では誰も知らない。今の僕は只管明るい奴を演じ、思う存分学校生活を楽しませてもらっている。この秘密がバレたら大変なので浅く広くの付き合いだが、やっぱり人と関わるのは楽しい。  今日だって、夏休み真っ最中の土曜日だ。しかし僕はクラスメイト5人と合う予定がある。高校生活最後の文化祭のために、何かでっかい事をしようと思い、適当に誘った5人だ。あまり深くは知らないが、律儀なあいつらのことだからきっと来てくれるだろう。
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