第1章

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 二見が退屈そうに足を伸ばして座る横で、僕と椎原は夏休みの課題の話をしていた。今年は高校生活最後の夏休みという事もあり課題はやたら多い。頭の良い椎原ならわかるだろうかと思い応用問題を聞いてみると、そんな難しいのは解らないから春澤くんが教えてくれるよ、と微笑まれた。  「あ、あれ。水無瀬くん」  スマートフォンに目線を落としていた春澤が顔を上げる。5人目が着たようだ。  「いやっほーうっ! こんなクソ暑い日に集まるなんて何の用事のつもりなんだよ、あーいーじーま!」  エレベーターを真っ先に降りて、こっちへ向かって走ってくるのは、僕と隣の席の水無瀬世羽(みなせ よはね)だ。聖書に登場する人物の名前を付けるなんて、彼の両親のネーミングセンスは逸脱しているなとつくづく思う。  「おはよう、水無瀬!」  「あっれ? 椎原ちゃんに春澤、二見ちゃんも居るんだね。 これなんの組み合わせ? まさか合コンとか?」  水無瀬は名前も変だが中身もかなり変わった奴で、テンションの浮き沈みが激しい。授業中はずっと寝ているくせに、授業が終わったらすぐに僕に戦いを申し込んだり廊下を全速力で滑走したりする。面白いから誘ってみた、後悔はしていない。  シャツを出し、ゆるゆるのネクタイに、切り揃ったぱっつんヘアー。瞳には爛々の星が宿る。身長は軽く180はあるだろう。そんな危険人物なクラスメイトを前に、春澤も椎原も二見も表情が曇る。馬鹿だなあ、と思う。お前らの隣に、実の母をこの手で殺害した僕がいるのに。水無瀬よりずっと危険人物だ。  「てか、遅れてほんとにごーめーん!  まことにすいまめーん!」  「ちょ、水無瀬っ。他のお客さんも居るんだから静かにっ」  スマートフォンの時計を見ると時刻は待ち合わせ時間を10分過ぎていた。ゲラゲラと笑う水無瀬を見て、辺りを見回し、視線を集めていることに気付き止める椎原。「もー! ネクタイはちゃんとしなさい!」と、二見は立ち上がって精一杯の背伸びをして、水無瀬の赤いネクタイを結んでいた。  「二見ちゃんはカレシでも居るのー?? なんか、すげー結ぶのうまい!」  「えへ、そうかなぁ? ありがとうね」  正直、水無瀬が羨ましい。  でもまあ、二見くらい顔が可愛くて性格もちゃんとしてれば男には困らないだろう。彼氏だって、居てもおかしくない。
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