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ぐらり。つまずきよろめく牛若丸。
刹那ー
弁慶はその一瞬の隙を見逃さなかった。
すかさず長刀を牛若丸めがけて突いた…かと思えば、自身の体が後ろに倒れかけた。と同時に額に鋭い痛みが走った。しかし出血はしていない。
なんだこれは、術か?それとも峰打ちか?
そのどれとも違った。弁慶の額に突き立ったそれは閉じられた桜色の艶やかな扇子であった。
ングゥ?!
弁慶は思いがけない飛び道具に驚愕したせいで、受け身を取れず無様にごろごろと後ろに転がった。
しんー
あたりが静まった。
牛若丸は弁慶の方に目を見据える。
むくっ。弁慶が起きあがった。
「………。」
さては怒りに震えているのか、屈辱感に打ちひしがれているか、顔が見えず感情が読めない。
牛若丸は警戒してそのままじっと見据えた。
「カァーッハッハッハッハッ!!!お前さんちっこくてほそっこいのにようやるのう!!!まさか扇子に倒されるとは思わなんだ!!!!」
弁慶の大きな笑い声に水面がびりびりと波打った。
目を細める牛若丸。
弁慶は続けた。
「なぁ、儂をお前さんの弟子にしてくれんか?もう刀集めもせえへん。わしゃああんたについていってみたいんや。」
ひざまずいた状態で牛若丸をじっと見つめる。
弟子にしろというのに何かと友好的な態度である。
「いや…私に弟子は…」
「いっそのこと部下でも」
「部下か…それも良いかな、よろしく、弁慶殿。」
「嗚呼、有難き幸せにござりまする。」
お互い、先程刃を交えあったばかりとは思えない穏やかさだった。
「しかし、弁慶殿は無駄な動きが多いね。底なしの体力があってこそ、か。」
「褒めていただけるとは…!!」
この男、皮肉が通じないぞ。
でも堅物よりはいい。
牛若丸は、口元に薄い笑みを浮かべた。
15歳のそれとは思えない妖しさだった。
「さぁ、ゆこうか弁慶殿。」
月夜の闇にちぐはぐな二人の影が消えていく。
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